
静岡県は全国で初めて、地理・地形の3Dデータを無償で公開した。誰でも自由に、仮想空間の中に"もう一つの"静岡県をつくれるようになった。まるで双子のようにそっくりなことから、"もう一つの"それは「デジタルツイン(双子)」と呼ばれる。静岡県が、県内全域の3Dデータを公開するウェブサイト「VIRTUAL SHIZUOKA(バーチャル静岡)」を2020年に開設して5年。さまざまな分野で、県土のデジタルツインの活用が広がっている。
伊豆半島の山道を、車が猛スピードで走り抜ける。メーターの時速は140キロを突破。運転手の目線から撮影された動画を見ながら、対向車は来ないのかとヒヤヒヤする。
動画に登場する風景は、本物のようにみえるが本物ではない。バーチャル静岡を使って仮想空間につくられた「デジタルツイン」だ。
静岡県庁のパソコンに「私がつくった動画を見てほしい」と、英語のメールが届いたのは5年前。県がバーチャル静岡を開設して間もない頃だった。
「てっきり海外からのスパム(迷惑メール)かと思った」。県デジタル戦略課参事の杉本直也さんが恐る恐る開くと、そこには感謝の言葉がつづられていた。「データをくれてありがとう。本物の日本のデータを使ったのは初めてだ」
動画の送り主は…
メールの主は、スペイン人のゲームクリエーター、パブロ・ビダウレさん(44)。日本が大好きで、2度来日したこともある。

もともと建設業の現場監督だった。オンラインで他のプレーヤーと対戦できるドライビングゲームや戦闘ゲームをつくるのが趣味で、東京をイメージした町などを仮想空間に"建設"していた。スペイン国内で土木工事の需要が減るにつれて趣味が高じ、2016年ごろからゲーム開発に専念していた。
インターネットで日本国内の風景や建物の3Dデータを検索していたところ、偶然バーチャル静岡に出合った。自宅のパソコンにデータを取り込んで、伊豆半島を舞台にしたドライビングゲームのプロトタイプ(試作版)をつくった。
ゲームの舞台に伊豆半島を選んだ理由

あえて伊豆半島を"サーキット"に選んだのは、運転するには難しい曲がりくねった道が多いから。道路脇にある標識や看板、橋の欄干まで再現されている。車は道路上の継ぎ目に反応して「ガタン」と揺れる。
「ゲームクリエイターは、走りのリアルさを引き出すために、道路上にわざと段差を"仕込む"こともある。だが、バーチャル静岡は実際に存在する道路そのもの。リアルである面白さと価値を、彼はいち早く見出してくれた」。杉本さんは、パブロさんの動画を視聴した時の喜びを今も覚えている。
パブロさんの動画は杉本さんにとっても、ある発見をもたらした。バーチャル静岡が提供する3Dデータは、物体の縦、横、高さを無数の点で表した「点群データ」だ。当時、建物や風景の姿を目に見えるようにするには、3Dデータ処理専門のソフトウェアに取り込むのが一般的だった。パブロさんはデータを専門ソフトウェアで処理したうえで、さらにゲーム開発用のソフトウェアに取り込んだ。
点群データをゲーム開発ソフトウェアで活用する事例はまだ、世界でもほとんどみられなかった。それだけでなく、仮想空間にある町並みも建物もすべて、CGでゼロから構築するのが当たり前だった。杉本さんは「実際の地理・地形を実測したバーチャル静岡のデータは、容量が非常に大きい。それを、ゲーム開発ソフトで"動かせる"ことに気付いて感動した」という。
早速、パブロさんの動画をSNSに投稿した。「僕も作ってみた」「点群データは他のソフトウェアでも利用できる」など、続々と反響が寄せられた。
バーチャルから生まれたつながり
バーチャル静岡をきっかけに3Dデータの活用事例を報告し合うネットワークは広がり続け、県内ではクリエーターや研究者が集う交流イベントが相次いでいる。

2025年2月、掛川市で、米ナイアンティックが提供する3Dスキャンアプリ「スキャニバース」のユーザー交流会が開かれた。スマホゲーム「ポケモンGO(ゴー)」を手がける同社の、公式の交流会開催は世界初だった。同月、静岡市では米エピック・ゲームズが提供するゲーム開発ソフト「アンリアルエンジン」の活用事例を紹介するイベントも開かれた。アンリアルエンジンは、オンラインゲーム「フォートナイト」などの制作に使われていることで知られる。
杉本さんはいずれのイベントにも登壇し、パブロさんをはじめ、世界中の個人と企業に、バーチャル静岡が活用されていることを報告した。「バーチャル静岡は私たちの想像を越えて、共創のプラットフォームになっている」と受け止めている。
パブロさんはこの5年、伊豆半島を舞台にした壮大なドライビングゲームをつくり続けている。伊豆半島の6カ所と富士山登山道の計7つのサーキットをすでに"建設"し、プロトタイプを公開している。2025年末までに全コースで"運転"できる状態になり、26年末までにほぼ完成する見込み。完成の暁には、制作工程も公開するという。「他のクリエーターにインスピレーションを与えられたら光栄だ」
(連載1回目おわり。随時配信します/2025年1月24日にYouTubeチャンネル「SBSNEWS6」で配信した『ゲーム作りにも!0から学ぶVIRTUAL SHIZUOKA(バーチャル静岡) 静岡県がオープンデータ化。防災、町づくりへの活用に!』を基に追加取材して加筆、再編集しました)