新旧大動脈 地震備えは...9割トンネル、どう避難【大井川とリニア×知事選2021】

 南海トラフ巨大地震が心配される静岡県。静岡県を東西に貫く東海道新幹線は、東京―大阪間をつなぐ国内輸送の大動脈だ。JR東海は「災害によるリスクの回避にはリニア中央新幹線の建設が必要」と主張する。一方、専門家の中には「多くの活断層を横切るリニアは、被害を増幅する可能性がある」との見方があり、見解が分かれている。

南海トラフ巨大地震で強い揺れが想定される地域を走行する東海道新幹線=15日、富士市
南海トラフ巨大地震で強い揺れが想定される地域を走行する東海道新幹線=15日、富士市
南海トラフ巨大地震と東海地震の想定震源域
南海トラフ巨大地震と東海地震の想定震源域
藤井聡氏
藤井聡氏
石橋克彦氏
石橋克彦氏
南海トラフ巨大地震で強い揺れが想定される地域を走行する東海道新幹線=15日、富士市
南海トラフ巨大地震と東海地震の想定震源域
藤井聡氏
石橋克彦氏

 県の第4次地震被害想定で東海道新幹線の走行エリアは、震度5強~7の強い揺れが予想され、富士川河口付近の断層が巨大地震と連動すれば、線路や鉄橋が寸断される可能性がある。県の想定津波浸水域と重なるエリアはあるが、JRは新幹線の線路の高さまで津波は到達しない予想になっているとの見方を示している。
 JRは被害想定を踏まえた高架橋の耐震補強や脱線防止対策を進めている。しかし、開業から50年以上が経過する新幹線は老朽化が進み、いずれは大規模な取り替え工事が必要という。「抜本的な対策は輸送路の二重系化で、震災でその必要性は高まっている」(静岡広報室)と強調する。
 新幹線の代替路線と位置付けられるリニア。JRは、トンネルなどの地下空間は地震の揺れが小さい▽磁力で車両が浮いたまま走行するため脱線しない▽地震の初期微動をいち早く検知し、停止させるシステムを導入する―などと説明し、「リニアは地震に強いシステム」と主張する。
 ただ、品川―名古屋間の約9割がトンネル区間。一般的には地震に強いとされるトンネルだが、過去には地震による断層のずれで被害が発生した事例がある。本県では1930年の北伊豆地震で丹那断層がずれ、東海道線丹那トンネル工事に当たっていた作業員数人がトンネル内に閉じ込められた。
 地震でトンネル内でリニアが走行できなくなった場合の乗客の避難も重要な課題だ。山梨、静岡、長野の3県にまたがる南アルプストンネルは、全長約25キロにわたり、地下深くを通る。JRは原則、トンネル内でリニアを止めないとする。もしトンネル内で停車した場合は、車などを使い山梨県や長野県の出口まで乗客を避難させると説明する。地表からの深さが千メートル級の山岳トンネルからどう安全に避難をするか、実効性を伴う対策を講じることは、リニア開通の必要条件といえる。

 ■想定震源域広がり ルート付近に
 2011年3月の東日本大震災を受け、政府は最大クラスの地震・津波被害を念頭に、南海トラフ巨大地震の被害想定を公表した。想定震源域は、従来の東海地震と比べ、リニアルートの名古屋や南アルプス付近まで広がった。
 ルート決定の実質的な議論は、東日本大震災の発生よりも前になされた。当時の議論は、本県を中心に被害をもたらす東海地震を想定して行われた。

 ■候補者の見解
 Q 大規模地震による停電などの災害時、ヘリコプターによる救助が難しいリニア中央新幹線南アルプストンネルに多くの乗客が取り残されれば、県全体の救援活動に影響を与える可能性がありますが、どんな解決策が考えられますか。

 ■岩井茂樹氏 対策と説明 徹底求める 
 大部分がトンネルで造られるリニア新幹線構想では大都市圏の大深度地下トンネルでの災害対策から、本県のような山岳トンネルにおける災害対策まで、史上例がないほどの災害対策が必要になる。JR東海は災害時の安全確保について乗客や沿線自治体に徹底的な説明が必要だ。防災先進県としてJR東海をよく指導したい。

 ■川勝平太氏 広域救助体制 合意前提
 冬季の南アルプスで多くの乗客が避難するという状況は、平地での新幹線事故や通常の山岳救助と比較して、非常に困難であることが予想される。JR東海は、リニア中央新幹線南アルプストンネルの特殊性を踏まえ、供用する前に、広域救助体制を含めた避難計画を策定するとともに、関係自治体との協力体制について、協議、合意している必要があると考えられる。

 ■専門家インタビュー   
 藤井聡氏 京都大大学院教授(交通工学) 
 同時破断リスク低い

 国土強靱(きょうじん)化の重要性を主張してきた藤井聡京都大大学院教授(52)はリニア中央新幹線の整備により大規模地震の際、東京―大阪間の大動脈の破断を防いで日本経済のリスクを回避できると強調する。
 ―リニアを整備せず、東海道新幹線だけの場合はどのような事態が想定されるか。
 「政府の国土強靱化基本計画の中で太平洋ベルト地帯の幹線分断は、絶対に避けなければならない国家的最悪事態の一つで、対策が急務だ。静岡県内の東海道新幹線は津波による分断が危惧される。例えば、かつてのように浜名湖の今切口付近が津波で崩落すれば弁天島(浜松市西区)辺りは津波被害が免れ得なくなる可能性がある。地震被害なら駅舎も含め地上部はどこも激甚被害の可能性がある。万一、橋りょう構造物が全面的に破壊された場合、復旧に1、2年かかることもある。日本経済に深刻かつ重大な被害になる」
 ―対策として考えられることは。
 「ネットワークの冗長性(余裕)を確保する以外に道がない。東海道新幹線の代わりはリニアと北陸新幹線が考えられるが、北陸新幹線の関西への接続は21世紀半ばの予定で名古屋は通過しない。リニアの早期実現以外に現実的な答えはない」
 ―東海道新幹線の追加防災対策は必要か。
 「津波被害は堤防の決壊によって激甚化する。最大強度の津波を想定し、現状の防潮堤の脆弱(ぜいじゃく)性評価を行うことが急務。粘り強い堤防を造り、越波しても崩れないようにする必要がある。ただ、国家的な強靱化対策としてはネットワークの冗長性確保が最も効果的で、粘り強い堤防と同時にリニアも造るのが最善だ」
 ―リニアはトンネル区間が多く、活断層のずれで破断するリスクが指摘される。
 「東海道新幹線とリニアが同時に破断するリスクは、1本が破断するよりも比較にならないほどに圧倒的に低い。一般的に構造物の耐震性は地上よりも地中の方が抜本的に高い。トンネル構造物が震源域に含まれない限り、震源が近隣であっても被害は最小化されることが期待される」
 (写真は本人提供)

 ふじい・さとし 京都大工学部卒。同大レジリエンス実践ユニット長。社会心理学や交通工学など多分野に精通し、災害に強い社会を提言している。2012年から18年まで内閣官房参与。

 石橋克彦氏 神戸大名誉教授(地震学)
 県内復旧の負担増す

 東海地震説を提唱した地震学者の石橋克彦神戸大名誉教授(76)は、リニア中央新幹線は南海トラフ巨大地震で新たな災害を生み出すと警鐘を鳴らす。
 ―リニアは大規模地震を考慮したルートになっているのか。
 「リニア計画を審議した国土交通省交通政策審議会の小委員会には地震の専門家がおらず、南海トラフ地震や活断層の影響を全く検討しなかった。重大な手落ちだ。リニアは多くの活断層を横切る。それらが活動すれば大惨事を生じかねない。糸魚川―静岡構造線断層帯が南海トラフ地震と連動してずれ動く可能性もある」
 ―リニア整備は大規模地震に備えて東海道新幹線を二重系化するためだと言われる。
 「東海地震を含む南海トラフ巨大地震が起これば、東海道新幹線とリニア中央新幹線の両方が大被害を受けるだろう。リニア路線の甲府盆地や名古屋付近は震度6強、場所によっては震度7になる。しかも激しい揺れが数分以上続く。二重系化は意味がなく、わざわざ地震被害を倍増させるようなものだ」
 ―トンネルは地震に強いか。
 「トンネル内は地震の揺れが弱いというが、断層破砕帯は強く揺れがちで、内壁の破壊や高圧水の噴出などが起こりうる。出入り口付近は山崩れなどで損壊しやすい。交差する活断層が活動すれば致命的だ。東海道線の丹那トンネルは工事中の1930年、北伊豆地震の際に丹那断層がずれて約2メートル食い違った。列車が巻き込まれれば、トンネルの外と違って人命救助も復旧も非常に困難になる」
 ―南アルプストンネルの危険は。
 「地質が複雑で断層や破砕帯も多い。国内有数の隆起地帯だが、南海トラフ地震時には急激に沈降して、内壁の損壊や高圧水噴出の恐れがある。列車が走行中なら大事故になる。トンネル内で緊急停止した場合は、乗客は非常通路を何キロも歩いて地上に出るが、南アルプスの山奥で自力の下山は困難だ。山崩れも多発している中、静岡県は乗客の救助と医療に多大な負担を強いられる。県内の被災地の救援に大きなしわ寄せが生じるだろう」

 いしばし・かつひこ 東京大卒、1997年以来「原発震災」を警告、2011年の福島第1原発事故で現実のものとなった。近著に「リニア新幹線と南海トラフ巨大地震」(集英社新書)。

 

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