(文・写真=高度専門記者兼論説委員・橋爪充)
AOIでは2002年以来の演奏会だそうだ。観客の期待も大きく、開場直後からAOIが入る静岡中央郵便局との合同建物の前には長蛇の列ができた。会場を見渡すと空席はほとんど見当たらなかった。よく知られているように、ダン・タイ・ソンは1980年の第10回ショパン国際ピアノコンクールで、アジア人初の優勝を果たした。筆者はその直後(1981年か?)、静岡市民文化会館で彼の演奏を聴いた。小学生だったこともあり、この時の演奏内容を覚えてはいないが、両親が共にかなりの情熱とともにチケットを確保し、息子を誘ったことははっきり記憶している。
1958年、ベトナム・ハノイ生まれ。1955年に端を発するベトナム戦争のさなか、防空壕の中や月明かりの元で練習を続け、ショパンコンクールで栄誉をつかんだ。この偉業に、両親を含む多くの日本人が心を動かされたようだ。今考えると、当時の社会の中核をなしていた「戦中派」は、ダン・タイ・ソンの経歴に自らの幼少期を重ねたのかもしれない。
そんなことを考えながら、かなり久しぶりに彼の演奏を聴いた。第1部はフェデリコ・モンポウの『前奏曲』の第1、7番など全4曲、フレデリック・ショパンの『ノクターン 第1番 変ロ短調』など4曲をソロで。1音1音の余韻が長い。次の音との微妙な音の重なりが、弦楽四重奏のような残響を生んでいる。
第2部はエヴァ・ポブウォツカを迎えた、ピアノ・デュオのプログラム。二つのピアノで演奏したフランシス・プーランク『4手のためのピアノ・ソナタ』が白眉だった。第1楽章、ポブウォツカの不穏な不協和音の連打の上で、ドスンとこぶしを振り下ろすようなフレーズが、きらきらと跳ね回るような旋律に展開する。穏やかな第2楽章を経て、速度の上がった第3楽章で再び「不協和音連打」が出てくる。
短い曲だったが、密度の高い「ショートショート」を読んだような気分になった。音に身を委ねていたら、あっという間に「オチ」に持って行かれる。これまで味わったことのない音楽の不思議を感じさせた。








































































