静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は、9月13日に静岡市葵区の静岡音楽館AOIで開かれた第29回「静岡の名手たち オーディション合格者によるコンサート」を題材に。

1995年の静岡音楽館AOI開館時から行われる、新進音楽家発掘を目的としたオーディションとコンサートの企画「静岡の名手たち」。今年は打楽器、声楽、弦楽器、アンサンブルの4部門から7組が出演した。個人的に印象に残った3組を挙げる。
ソプラノ伊藤美央さん(御殿場市出身)の豪放かつ繊細な歌声は圧巻だった。演奏終了後、「静岡の名手たち」のコンサートでは異例の「ブラボー」の声が上がった。渡邉浩代さん(富士市出身)のピアノ伴奏でドビュッシー作曲「カンタータ『放蕩息子』」から「年はむなしく過ぎ…アザエル!なぜお前は去っていったの?」と、プーランク作曲「歌劇『ティレジアスの乳房』」から「いいえ、旦那様!」の2曲。若く美しい女性テレーズが男性ティレジアスに生まれ変わる様子を、ユーモアを込めて軽快に歌い上げた。フラメンコのようなステップで一回転して演奏を終えた。動的なメロディーが、身振りと美しくリンクしていた。

常葉大短期大学部音楽科の卒業生らによる木管楽器のトリオは、文字通り「息を合わせる」ための膨大な修練を感じさせる、スリリングな演奏だった。土屋斗詩樹作曲「収穫祭」、田村修平作曲「見えない鳥たち」の2曲。クラリネットの塩川歌織さん、フルートの黒川千聡さん、アルトサクソフォンの諏訪部太成さんは互いの音、体にこだまするリズムを繊細にシンクロさせた。テンポの上げ下げ、長い休符も決してずれることがない。鮮やかな三色が合わさった組みひもを連想させた。

トップバッターで登場した田中健太さん(袋井市出身)はスネアドラム1台で聴覚のみならず、視覚的にも楽しませた。表の打面だけでなく、丸いフープ(リム)や胴部分(シェル)を巧みにたたき分け、観客を驚かせた。スティックを手放し、手の腹や爪の先を使う場面もあった。打面の場所によって、出てくる音が全く違う。スネア1台なのにドラムキットを扱っているように聞こえた。
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