
2025年は、九州・四国を除いて全国的にクマに襲われる被害が相次ぎ、北海道・東北・長野で合わせて13人が亡くなった。京都・清水寺で発表される「今年の漢字」には「熊」が選ばれた。
静岡県では人的被害はなかったものの、昨年度、200件ものクマの目撃情報が寄せられた。地域別の内訳は、中部が93件で最も多く、東部で67件。かつてはクマがいなかった伊豆でも2件数えられた。
西部では38件の目撃情報があった。年末にはJR菊川駅から500メートル以内の場所でクマが動画に収められ、最後は、東海道線の列車に衝突したのではという状態で死んでいるのが見つかった。静岡県内でもクマがここまで来たかと、驚きと恐れを持って受け止められた。
それでも、西部で見つかったうち、やはり山あいと言える浜松市天竜区でのクマ目撃が24件を占めてはいる。天竜区のどこで見つかったかを、地図に落とし込んでいくと、意外なことに気がついた。
まず広い天竜区を地区別に分けた。2005年に浜松市に加わり、その後、天竜区に属することになった旧町村が4つある。水窪町、佐久間町、龍山村、春野町だ。旧天竜市地域は、その50年近く前に合併をしている。上阿多古村、下阿多古村、光明村、竜川村と熊村が二俣町に編入する形であった。
この10のゾーン別に、昨年度のクマの目撃情報件数を記した。
静岡県の集計を基に作成
目撃は天竜区全体に散らばるが、なんと、その名も旧熊村だけがクマの目撃ゼロだったのである。地場産品を扱い、食堂のそばも評判の道の駅「くんま水車の里」を訪ねた。住所や小学校の読み方は正式には「くま」だが、地元の人は古くから、熊と書いて「くんま」と自らの地域のことを呼んできた。
写真1:右が高橋薫さん
去年は、「水車の里」を訪れようか検討する人から「そちらはクマが出ますか?という問い合わせが、しばしばあった」と振り返るのは、長くこの施設のリーダー的な存在だった高橋薫さんだ。「イノシシやシカはいますけど、クマはこの辺りには出ていません」と、事実の通り説明すると、お客さんはちゃんと来てくれたという。クマ出没のニュースを数多く聞き、天竜区熊にはきっとクマが出ているに違いないと連想した人も中にはいたろうが、利用客が落ち込むことはなく、「水車の里」では、そうした“風評被害”はなかったと感じている。無論、この統計は旧熊村にクマは現れないので安心してよいという情報ではない。昨年度は、天竜区で最も南の鹿島でも目撃情報があったから、「熊」にクマが出なかったのは、たまたまだと考える方が妥当だ。
でも、旧熊村だけクマの目撃ゼロというデータは、珍しい地名「熊」の由来を調べ直してみようという、きっかけになった。
大正時代に編さんされた『静岡県磐田郡誌』には、2つの説が書かれている。1つは「熊・猪・鹿の野獣多く棲みたるを以って、此の辺一帯を熊の谷ととなえ」という「たくさん熊がいたから説」である。室町時代の記録には、すでに「熊村」という文字があって、そのころ以前の北遠のクマ出没状況は当然不明ではあるが、昨年度の様子から考えても、旧熊村だけ特にクマが数多くいたということはないのでは、と思える。
もう1つは「往時紀州の民、此の地に移住し来たり、熊野三社を祭りしを以って、其の頭字をとって」という「熊野信仰移住説」である。でも、旧熊村に社は幾つかあるものの、そのいずれもが熊野神社ではない。この説には、あってしかるべき証拠が欠けている。
辞書で「くま」を引くと「隈」の字にもあたる。「隈」は、川が折れ曲がって入りくんだところといった意味である。九州で3番目の規模、人口約74万人の政令市・熊本も、市内を流れる白川が曲がって流れているから「隈本」と名がついたとされる。江戸時代に入って、熊本城を築いた加藤清正が、畏(おそ)れるという字が含まれているのは勇ましくないと、「熊本」表記に変えた。虎退治で名を馳せた武将が自慢の城にも猛獣を冠したのである。
写真2:熊平川。「へ」の字のように流れを変える
先ほどの高橋さんが、道の駅から車で東へ5分ほどの「熊平水辺の里オートキャンプ場」まで案内してくれた。キャンプ場の広場から見下ろすと、ふちから「へ」の字に曲がるようにして、水が流れ落ちている(写真2)。
写真3:「ひ」の字のように曲がる熊平川
もう少し上流へいくと、今度はひらがなの「ひ」の字のように川は蛇行している(写真3)。
写真4:熊地区の地図。複雑に多くの川が流れるのが分かる
地図で確認するとよく分かるが、このように、くねくねと曲がる川がいたるところで、出合ったり分かれたりしているのが、熊地区の地形の最も大きな特徴だ(写真4)。とすると、天竜区熊の地名は「隈=川が折れ曲がって入りくんだところ」が起こりではないのか?
歴史上、漢字を変更した清正のような存在は見当たらないが、もともとは「隈」ではないかという推理に自信が持てる多彩な川の風景を、この日もクマの気配はなく堪能してきた。
文:SBSアナウンサー・野路毅彦









































































