​【松本貴子監督「バレンと小刀 時代をつなぐ浮世絵物語」】現代の彫師、摺師が現代アーティストとコラボレーション。グラフィティをどう浮世絵にするのか

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は、静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで2025年12月26日から上映中の松本貴子監督「バレンと小刀 時代をつなぐ浮世絵物語」を題材に。

江戸時代に端を発する浮世絵版画の技術を受け継ぐアダチ版画研究所(東京都新宿区)の彫師、摺師たちの仕事ぶりをインタビューとともに届けるドキュメンタリー。2014年の草間彌生の大規模作品の「木版画化」、2019年から続く「現代の浮世絵」プロジェクト、2025年に東京国立博物館で開かれた「浮世絵現代」展といった、従来の浮世絵の概念を超える取り組みに驚かされる。

ロッカクアヤコ、アントニー・ゴームリー、ニック・ウォーカー、李禹煥とのコラボレーションが丹念に映し出される。その過程は実にスリリングだ。現代アーティストと伝統技法の職人が、互いに未知の領域に踏み込む瞬間が見える。そこにある緊張感と楽しさ。浮世絵は複製芸術だが、「原画」をつくったアーティストたちは自分たちの作品を超えた「何か」を求めてくる。「彫る」「摺る」といった極めてシンプルな作業の中で、いかに作品をネクストステージに導くか。彫師、摺師の創意と熱意が光る。

個人的にはグラフィティ・アートで知られるウォーカーのステンシル(型紙)とスプレーを使った作品を木版画に落とし込む作業に引き込まれた。自らをモデルにした写真素材を加工して下絵を作り、切り絵のような型紙をキャンバスに置いて、スプレーを吹き付ける。こうして出来上がったウォーカーの作品を5枚(版木)10面の浮世絵に再構築する。

ステンシルという3次元的存在から生まれた平面作品が、再び版木という3次元的存在に戻され、改めて2次元化される。工程の一つ一つに、少しずつ新たなニュアンスが加わっていく。実に感動的な場面だ。ウォーカーはもともと葛飾北斎に影響を受けたとインタビューで発言しているが、彼の「ぼかし」と浮世絵の摺師の「ぼかし」の違いもはっきり見て取れた。

全編を通じて「音」が強調されている。木の板に当てたのみをたたく力感あふれる音、小刀に指を添えて板面を走らせる音、削り取る音。版木に絵の具を垂らし大きなはけですり込む音、バレンと紙のこすれる音。心地いいリズムの作業音は、職人技の現れと言えるだろう。

かつては男性の仕事とされていた、浮世絵制作の現場に多くの女性が関わっているのも印象的だ。ここに出てくる摺師、彫師の半数は女性で、出産や子育てといったライフイベントとの共存も見て取れる。摺師歴13年の岸翔子さんは現在三島市在住。恥ずかしながら、このような方が静岡県内にいらっしゃることを知らなかった。

(は)

<DATA>※県内の上映館。※1月4日時点
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区、1月8日まで)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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