
松下:各地で、カスタマーハラスメントいわゆるカスハラが問題とされています。愛知県美浜町議会では11月に、理不尽な要求を迫られるカスハラを町の職員が受けていたとして、対象住民1人に400万円の損害賠償を求め提訴するという町が提出した議案を議決しました。町によると、60代の男性が自宅の蔵の耐震化や土地の境界を巡るトラブルで、町の職員に対して、過度な対応を強要したということです。
今回のこの愛知県美浜町のケースについて、伊庭さんはどのようにお考えですか。
伊庭:私としては、職員を守る上で提訴は妥当だと思います。「カスハラ」という言葉が社会的に認知されてきたからこそ提訴できたのだと思います。
そもそもカスハラとは、顧客やクライアントによる常識の範囲を超えた行動や言動のことで、従業員の就業環境を著しく害するものとされています。今回のケースも、報道によると、暴言や長時間の電話対応を強いたこと、何よりこうした言動を5年もの間続けていたということから、まさにカスハラに該当する事案だと言えます。
松下:自治体が個人に対して損害賠償訴訟を起こすというのも、あまり聞いたことないなという感じがしました。
伊庭:確かに異例のことだとは思うんですが、職員を守る上では必要なケースだったのかなと思います。私自身はカスハラを受けた社員やスタッフのメンタルケアをサポートしているのですが、今回のようなカスハラに何の対応もしなければ、職員のメンタル不調に繋がり、仕事の休職あるいは離職に発展してしまうかもしれません。これは職場全体あるいは行政サービスにおいても大きな損失だと言えます。
全国の自治体で、カスハラ事案は増加
松下:全国の自治体で職員に対するカスハラ事案は増加傾向にあると伺いましたが、本当なんですか。伊庭:そうなんです。今年4月に発表された、総務省が全国の自治体職員を対象に行った初の調査では、回答者の35%が過去3年間にカスハラを経験したと回答しています。これは厚生労働省が以前に調査した民間企業の従業員の被害経験率の10.8%と比べ、約3倍以上も高い割合です。
松下:公務員と民間企業という違いだけで、3倍も差が出てくるんですね。
伊庭:増加の一つの理由には、カスハラという言葉が認知されてきたことで、今までは単にクレームなのかなと思い込んでいたけれども「これはカスハラだ」と回答者が手を挙げやすくなったということはあると考えられます。
松下:カスハラをしている人は、自分が正当なクレームを入れていて「提言をしている」と間違った認識をしているという話も聞きます。実際はどうなんでしょう。
伊庭:それはありますね。「お客様は神様」という言葉があったように、「自治体や企業のためを思ってやっている、自分は正当なクレームを言ってるんだ」と思い込んでいる方はいます。また、ネットやSNSの普及によって直接顔が見えない状態だからこそ、暴言や過度な要求をしやすくなったと考えられます。窓口など対面のときよりも気持ちが大きくなってしまったり、目の前に実際に人がいない分だけ誹謗中傷に近い言葉を発してしまったりすることもあります。
「税金を払っているんだから…」という意識
松下:もう一つ気になるのは、今回の話だと、接客業などの企業よりも自治体がカスハラを受けやすいということになる点です。これはどうしてなんですか。伊庭:考えられる理由の一つとして、企業と異なり、自治体は「自分たちが税金を払っているのだから厳しい要求をしてもいいはずだ。思い通りにならないのはおかしい」という意識が根底にあると考えられます。
例えば、企業の例としてコンビニを考えてみます。コンビニで買い物をする場合、欲しい商品があれば自分で納得してお金を払って購入すると思います。
一方で、自治体の場合、私達はそこに住んでいるだけで税金が徴収されています。私達には納税の義務があると憲法でも定められていますが、コンビニなどとは異なり、自発的にお金を支払っている感覚がどうしても薄くなってしまいます。
その結果、「自分は払いたくないのに税金を払ってやってるんだから、これぐらいの苦情言ってもいいだろう。むしろこれぐらいのサービスを受けられて、当然だろう」という意識が生まれることもあります。これによって、自治体の職員に対する言動が強くなってカスハラが発生しやすくなると考えられます。
松下:支払いの意識の差が、ここに繋がってくるわけですね。
条例が抑止につながる
松下:さて静岡県も、長泉町同様にカスハラ防止条例を採択しているんですよね。カスハラによって職員が離職してしまうということも起きていると聞いたことがあります。こうした条例は今後、必要になってくるんでしょうか?伊庭:必要だと思いますし、広がっていくと思います。条例として制定することで、カスハラをしてしまう人の抑止力に繋がるためです。
おそらく今回のケースでも、カスハラについて社会的な認知度が高まって、前例として東京都などでもカスハラ防止条例を制定する動きが起きていたからこそ、条例制定に踏み切りやすかったのかなと考えています。
松下:周りの自治体の動きを、それぞれ確認し合っているわけですね。
伊庭:それは大いにあると思います。
松下:ただ気になるのが、今回制定された長泉町の条例は、罰則がないということです。
伊庭:東京都の方のカスハラの条例も罰則の規定はないんですよね。ただ、規定はないものの、実際のカスハラの行為によっては暴行罪や脅迫罪、あるいは威力業務妨害罪などの刑法上の犯罪に問われる可能性はあります。なので、たとえカスハラ防止条例自体に罰則がなくても、他の刑法上の犯罪に問われたり、カスハラの抑止力になったりすれば理想的なのかなと思います。
松下:確かに、お話を聞くと、今後に繋がっていきそうですね。こうした条例があるおかげで、「それはカスハラですよ」と対応しやすい環境ができてくるかもしれないですね。
伊庭:行政だけでなく、企業などでも社内で独自にカスハラ防止規定などを定め、それをホームページや店舗に掲示するところが増えています。
例えばホテルや旅館などでは、フロント周辺にカスハラ防止規定を掲示することで、それを目にしたお客様のカスハラを未然に防ぐことができます。実際に「カスハラしてやろう」と思っているお客様は少数派だと思いますが、何かの拍子にヒートアップしそうになっても、カスハラ防止規定があるのを目にしておくと、冷静さを取り戻しやすくなります。
今後自治体においても、カスハラ防止条例を窓口の周辺に掲示するなど、同様の対応は取っていく可能性はあると考えています。私も自治体のカスハラ対策がより一層進んでいくことを願っています。
松下:伊庭さん、どうもありがとうございました。








































































