『オッドタクシー』の黄金コンビが挑むアニメ映画『ホウセンカ』。“北野武映画”に通じる静謐な世界観を表現

SBSラジオ「TOROアニメーション総研」のイチオシコーナー、人気アニメ評論家の藤津さんが語る『藤津亮太のアニメラボ』。今回は10月10日から公開が始まったアニメ映画『ホウセンカ』についてお話を伺いました。※以下語り、藤津亮太さん

静かに燃える情感。木下麦監督が挑む劇場オリジナル作品『ホウセンカ』

『ホウセンカ』は、2021年にTV放送され大きな話題を呼んだ『オッドタクシー』の木下麦監督と脚本の此元和津也さんが再びコンビを組んだ劇場オリジナル作品です。この映画のために一から物語を作り上げたそうです。今回の作品は全体を貫く「情感」に大きな特徴があります。

物語は無期懲役の老人、阿久津が刑務所で横になっている場面から始まります。息が荒く苦しげで、寿命が近いのかなという雰囲気です。そんなとき、缶に植えられた枕元のホウセンカが、彼に向かって「ろくでもない人生だったな」と話しかけます。阿久津は、いや、俺はまだ大逆転を諦めていないんだと語り、ホウセンカと対話する形で回想が始まります。こうして1987年と現在を行き来しながら阿久津の半生を振り返っていく構成になっています。

1987年はバブルが本格化しはじめる時期で、阿久津の兄貴分である堤がこれからは不動産だと話す場面から物語が始まります。阿久津は、那奈とその連れ子・0歳の健介と一軒家に暮らしていますが、二人は結婚してはおらず、連れ子もいるという複雑な状況。それでも幸せな生活を営んでいました。

阿久津はヤクザなのですが、無口で静かな男で絵を描くのがうまく、記憶だけで地図を描けるほどの人物です。しかしやがて健介が心臓の病気を抱えていることが判明し、治療費が必要になります。ここから阿久津の運命が大きく動き、刑務所に至るきっかけとなった出来事が語られていきます。

今の日本アニメは思春期のティーンエイジャーを主人公にした作品が圧倒的に多いのですが、『ホウセンカ』はそうではありません。完全に大人が主人公で、しかも反社会的勢力の人物です。どこか邦画のようなムードがあり、静かな空気が漂うという意味では、木下監督自身も好きだと語る北野武映画に近い感じがします。初期の『あの夏、いちばん静かな海。』や『HANA-BI』の空気感に通じる、静けさを綺麗に描く作りです。

木下監督はもともとアニメーションスタジオ出身ではなく、広告やプロモーションビデオなどを手がける会社に所属していました。『オッドタクシー』制作時に初めてアニメ制作会社と組みましたが、その後今回の制作会社でもあるCLAPでアニメーターとして働いたそうです。おそらくそこで、アニメスタジオにおけるアニメの作り方、ということを体験したのだと思います。そして本作に臨んでいます。

実際『ホウセンカ』は、演出家がリードしている映画だというのがわかる作品だと思うんですよね。見せたいビジュアルのイメージが非常に美しく、それが全編を通じて徹底されています。アクションや派手な演技といった足し算ではなく、北野武監督のように引き算の演出でコントロールしており、静かで綺麗な映画を生み出しています。その結果、映画全体に情感が出た、ほかに例のないアニメーション映画になりました。アニメはこういうこともできるのだと驚く人が多いと思います。

音楽も重要なファクターになっています。ceroというバンドのチームが担当しており、静かな曲で映画を彩っています。冒頭にボーカル曲が1曲、エンディングに『スタンド・バイ・ミー』のアレンジがかかるのですが、そこだけ言葉があるというのが非常にいい。作品の魅力を高めています。

阿久津は最初、人生の大逆転を待っていると言います。つまり40年かけて大逆転を仕込み、家族の運命を変えようとしている。まるで運命を支配する神の領域に挑むような行為です。そんな男の意地が静かに描かれている、いい映画だと思います。

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