劇場アニメ『ひゃくえむ。』/「わずか100m。その中に人生がある。」走ることへの情熱に感動必至の話題作

SBSラジオ「TOROアニメーション総研」のイチオシコーナー、人気アニメ評論家の藤津さんが語る『藤津亮太のアニメラボ』。今回は9月19日から劇場公開された『ひゃくえむ。』についてお話を伺いました。※以下語り、藤津亮太さん

100mに込めた初期衝動をリアルに描いた注目作

『ひゃくえむ。』は、『チ。-地球の運動について-』の魚豊さん原作の漫画を映画化した作品です。100m走を題材にしたスポーツものですが、これを『音楽』(2020年)で大きな話題を呼んだ岩井澤健治監督がアニメ化しました。

『音楽』は、岩井澤監督が7年以上の時間をかけてコツコツ作り上げた作品です。不良がバンドを始めて、最後に田舎の小さなフェスに出演するというシンプルな物語ですが、ロトスコープ(実写を撮影し、それをアニメーションに起こす手法)を使って制作され、これがとても魅力的で各種映画祭を含めたいへん注目を集めました。

その岩井澤監督に、ビデオメーカーのプロデューサーが「この原作をやってみませんか?」と声をかけ成立したのが『ひゃくえむ。』だと聞きました。

話は小学校の頃から足が速かった主人公・トガシが転校生の小宮くんと出会うところから始まります。小宮くんは靴がボロボロで、作中ではあまり描かれていませんが、環境的にあまり恵まれていない様子。つらい現実を忘れるために、ただがむしゃらに走っているという少年です。

トガシはそんな彼に走り方を教え、次第に2人は親しくなります。しかし小宮くんは突然転校。トガシは一度走ることをやめますが、高校で再び陸上を始め、大会で小宮くんと再会します。このように小学生から実業団選手になるまでの十数年にわたる2人の関係を縦軸にして物語は進みます。

今回の作品もロトスコープを用いていますが、『音楽』以上に絵の力が強くなっています。例えば、走っている最中に足に違和感を抱いた瞬間などはロトスコープで撮れるわけではないのでアニメーションとして自由に表現を膨らませています。

一方で、選手がバラバラに歩きながらスタートラインに向かうカットのようにロトスコープを生かしたカットもあり、アニメ-ションならではの絵の面白さを生かしたカットとの共存が、映画に非常に効果的に使われています。

テーマにたいして、表現の純粋度が高いです。登場人物はみんな走ることしか考えていないし、舞台もほぼ学校のグラウンドが競技場で、教室のシーンはわずか。青春っぽい要素として女の子も登場しますが、出てくるだけで主人公の人生には深く絡みません。

また、メインの2人以外にもアスリートが登場し、哲学を語ります。内山昂輝さんや津田健次郎さんらが声をあてていますが、こうした語りはアニメだからこそですよね。実写でこんな哲学を語っていたら浮いてしまうでしょう。ですがアニメでは、それが何か人生の大事なものを見ている感じになります。

走るシーンには激しい音楽がついており、『THE FIRST SLAM DUNK』(2022年)の音楽の使い方を思い出しました。ここでこういう曲がかかるとあがるよね!という盛り上がりと、走ることをめぐる哲学的な語り、ロトスコープのリアルさ、アニメならではの想像力が合体していて、非常に面白い作品になっています。

インディーズでずっとやってきた岩井澤監督に、なぜプロデューサーが声をかけたのか。見終わればすごくよくわかります。『音楽』では、不良たちは高度な演奏をするわけではありません。でも、彼らの初期衝動がすごいんです。それがそのまま音楽になっている。今回の『ひゃくえむ。』も同じです。「なぜ走るのか」という初期衝動に最終的に収斂していく話なんです。だからこそ『音楽』を作った岩井澤監督が次にこの作品を手がけるのは正しい進み方だと思いました。

『ひゃくえむ。』のキャッチコピーを考えるなら、「わずか100m。その中に人生がある。」という感じでしょうか。非常に面白い映画ですし、話題作になると思いますので、興味のある方は、ぜひ劇場でご覧ください。

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