​【静岡県博物館協会主催のシンポジウム「能登の文化財レスキューと静岡県」】能登半島地震発生後、文化財をどう救出したか。現地からの報告

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は9月27日に静岡市葵区の静岡市歴史博物館で開催された静岡県博物館協会のシンポジウム「能登の文化財レスキューと静岡県」を題材に。

輪島市教育委員会文化課の張替清司さんの講演


災害が起こった時に、文化財をどう救い出し、あるべき姿に戻すのか。迅速な復旧のために、災害が起こる前に私たちができることは。南海トラフの大地震が予告されている静岡県の博物館関係者の大きな関心事について、2024年1月の能登半島地震の被災地から学ぼうというのがシンポジウムのコンセプトである。

まず登壇したのは輪島市教育委員会文化課の張替清司さん。1月1日の大地震発生時は七尾市の自宅にいた。輪島市の庁舎までの道路が寸断されていたため、発災後に初めて登庁したのは1月12日。
1月14日から指定文化財の被害状況の確認を始めたが、避難所に関わる仕事と掛け持ちのため、当初は文化財関係は1日1、2件しか作業ができなかったという。

張替さんは、2025年9月1日現在で未調査の指定文化財は86件に上るとした。話を聞いて筆者が最も衝撃を受けたのは、現地まで到達することの困難さだ。「県指定文化財がある神社までの道が土砂崩れで塞がれているケースもあり、そうした場合は迂回路を人間の足で行くしかない」。道の先に集落がないエリアの道路は、復旧が後回しになるようだ。

文化財レスキューの課題として切実なのは、家屋の公費解体のタイムリミットとの兼ね合いだ。文化財の所有者から市に連絡があったとしても、下見から救出までには一定の期間を要する。救出対象の状況によっては、安全対策も必要となる。そうこうしているうちに救出対象の公費解体の期限が迫ってくる。

文化財の救出は公費解体の留保の理由にならないという。救出した文化財の公的な保管場所も、大きな課題だ。あらかじめかなり広いスペースが必要になるが、行政がそれを用意できるか。

石川県立歴史博物館学芸主任の林亮太さんの講演


続いて登壇した石川県立歴史博物館学芸主任の林亮太さんは、1月1日の発災以降の同館の状況を説明した。館独自のレスキュー活動、独立行政法人国立文化財機構文化財防災センターとの合同調査、県内自治体や協力機関が受けた依頼に基づくレスキューの3種があったという。

館独自のレスキューでは避難所などに、自宅に文化財がないかどうか呼びかけるチラシを貼った。所有者から連絡があった場合は、応接票を作成し、現地調査を踏まえて計画を作り、実際のレスキューに進む。

「文化財と言えば『お宝』という狭い認識があり、地域の歴史に関わるものは全て貴重な文化財だという理解が不足している」と林さん。文化財の価値についての理解促進は、「事前防災」の重要なテーマだ。

関係者5人によるクロストーク


シンポジウムでは、石川県から招かれた2人と、静岡県博物館協会に名を連ねる県内3館の学芸員3人のクロストークも行った。域内の文化財のリスト化の重要性や、文化財保存活用地域計画での取り上げ方、レスキュー時の外部からの学芸員の受け入れ態勢などについて意見交換した。

(は)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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