
「恐怖」というジャンルの広がり
「恐怖」というジャンルを指すには、スリラー、ホラー、サスペンスなどがあり、時にそこにミステリーという言葉を使う人もいます。もちろんそれぞれの言葉に厳密な定義はなく、意味はグラデーションのように一部がつながったり重なり合ったりしています。昔の日本では「スリラー」という言葉をよく使いました。殺人鬼が出てくる漫画など、怖いもの全般を指すことが多かったです。恐怖や不安感を煽るエンタメ作品なので、広い意味で恐怖もの全体を含む言葉に近いといえます。
その中でも、より細かい分類が「ホラー」です。ホラーは恐怖をテーマにし、多くの場合、おばけや妖怪、モンスターといった超自然的・非人間的な要素が絡むジャンルです。スリラーという大きな枠の中にホラーがあるイメージです。モンスター映画もここに入り、恐怖の主体がキャラクター化されます。吸血鬼やフランケンシュタイン、狼男といったキャラクターはユニバーサル映画の人気キャラクターとなり、かなり早い時期からホラー映画のキャラクターとして定着しました。
さらに、ホラーの中でも血しぶきやゴア描写(暴力表現)に力点が置かれた作品は、血しぶきを意味する単語をとって「スプラッター」と呼ばれます。
一方で、心理的な不安感を軸にするのが「サスペンス」です。この言葉は、語源は「サスペンダー」から来ているという説もあり、宙吊り状態、つまり答えの出ない不安な状況に観客を置くのが特徴です。例えば、幽霊が「出るかもしれない」というムードで緊張感を高めるのはサスペンス、実際に幽霊が「出てきた」瞬間はホラー、というように一つの作品の中でスタイルが切り替わることもあります。
「宙吊り」がポイントとなるサスペンスは、「宙吊り状態が解消する」という展開が後半に用意されていることも多いです。例えば、「この中に殺人犯がいる、殺されるかもしれない」という不安はサスペンスですが、最後に合理的な解決に至れば、これは「ミステリー」として「サスペンス」が解決したことになります。
これが暴力的なモンスターの仕業であったとなると、ホラーになるわけですが、合理的な推理の結果「モンスターの仕業」が導き出されたとなると「ミステリー」でもあるわけです。このようにジャンルは分かれていても、境界はあいまいで重なり合ったりグラデーションになっていたりします。
例えば、『ゲゲゲの鬼太郎(1968年)』は妖怪が出るモンスタームービーで、ホラーに分類されます。『モノノ怪(2007年)』は、まず異変が起こりそうというサスペンスから始まり、モノノ怪が登場してバトル要素のあるホラーになり、最後に化け物がなぜ生まれたかを解き明かすというミステリー要素が加わります。
『Another(2012年)』も登場人物がなぜか次々に死んでいくというホラーですが、原作者の綾辻行人さんがミステリー作家であるため、ルールを見抜いて生き延びようとする展開になります。ホラーっぽく始まりますが、物語を牽引しているのはミステリーです。
『怪異と乙女と神隠し(2024年)』は異界から来た少年が妹を取り戻そうとする物語で、怪異という特別な現象が起きます。ジャンルとしてはホラーに近いですが、モンスター的なキャラクターは多くありません。
ホラーとミステリーがよく組み合わさるのは、原因を明かさない方が怖いからです。例えば、ヒッチコックの『鳥(1963年)』は、鳥が突然人を襲うパニック映画ですが、原因は最後まで描かれません。事件の真相や解決を描かない結末は当時としては斬新でした。ゾンビ映画も、なぜゾンビが生まれたかを説明しないまま終わるものが多く、ジョージ・A・ロメロの『ゾンビ(1978年)』も、主人公たちがショッピングモールを脱出して終わるだけです。
このあたり『がっこうぐらし(2015年)』も同様の趣向でしたね。ただし、ストーリー展開に紆余曲折があるTVアニメや漫画では、合理的な結論があった方がカタルシスが強く、視聴者の満足感も高くなるため、ミステリー要素が加わりやすいというわけです。
もう一つ重要なのは、恐怖の中心にある存在のキャラクター化です。そのキャラクターの運命がしっかり描かれていれば物語の納得感は増します。『ダークギャザリング(2019年)』のように、ドクロの瞳をした寶月夜宵(ほうづき・やよい)という少女が、どのような人物で彼女の生き方がどのようなものかが伝わってくれば、物語は成立するため、「恐怖」が物語をリードするのではなく、読者・視聴者のキャラクターへの関心を軸に組み立てられることになります。
こうして、さまざまな要素が組み合わさり、恐怖アニメができているというお話でした。