
1月のある日、午前1時。遠州灘を震源とするマグニチュード8.5の地震が発生した。静岡県は最大震度7の揺れと10メートルの津波に襲われ、死者・行方不明者、数万人単位。停電、繰り返される余震、ひび割れた道路、混雑する避難所…。3世代7人の「東海さん」一家はどうやって生き延びるのか。
近い将来、日本のどこで発生してもおかしくない事態を、多くの専門家への取材やデータを裏付けにして、小説化したのがこの冊子だ。2023年7月から静岡新聞紙上で約1年間続いた連載をまとめた。裏表紙に「防災イメトレ本」とあるが、まさに言い得て妙だ。
最も注意すべきは、南海トラフ地震の想定震源域の「西半分」だけが活動する「半割れケース」を描いている点である。物語の設定では、静岡県が強い地震に襲われる「1月のある日」の1年半前、西日本で大きな地震が起こっている。高知、徳島、和歌山で大きな被害が出たが、静岡県内は最大震度4。それでも臨時情報「巨大地震警戒」が発表され、事前避難が促される。
東海さんの一家も、それまで住んでいた津波浸水想定区域外に事前避難。割れ残った東半分での後発地震発生を警戒し、張り詰めた日々が続く。だが、何も起こらない。
震源地付近の余震も徐々に落ち着き、危機は遠のいたような雰囲気が社会に漂っていた。そんな中で、静岡県を含む「東半分」の大地震が起こる。地震からの避難と市民生活の両立の難しさが、ここに凝縮されている。
この連載は、二つの意味で画期的だった。一つ目は「実際には起こっていない出来事」を一般紙面に載せていたこと。これについては、担当記者が後書きで、2019年5月に運用が始まった「南海トラフ地震臨時情報」を「身近でリアルな話として伝わりやすいよう(中略)シナリオで構成した」と書いている。
二つ目は連載がひとまず終了した7月14日の約2週間後、南海トラフ地震の想定震源域である宮崎を震源としたマグニチュード7.1の地震を受け、気象庁が初めて臨時情報「巨大地震注意」を発表したこと。連載では、四国沖で発生したマグニチュード8.0を受けての「巨大地震警戒」だが、現実が連載に追いついたような感覚に陥った。
今年3月に内閣府が発表した南海トラフ巨大地震の新被害想定によると、死者数は全国で最大29万8千人に上る。これをいかに減らすかは、官民一体で考えるべき問題だ。「東海さん一家」を読めば、少なくとも「自助」の意識は高まる。あらかじめ震災を体感させるような本書の描写が、読者一人一人の行動変容につながってほしい。それはまさしく「減災」への第一歩である。
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