
富士山麓には夜中から朝方にかけて、何度かざっと雨が降った。夜明けの光は届いているが、テントの屋根はぬれている。ただ、昨日より上空の雲が薄いように感じる。日差しの量は多い。日焼け止めをたっぷり塗り、ステージのエリアに向かった。体操に参加し、準備万端である。
この日はいきなり白眉に出会った。中ステージ「MOON STAGE」で午前10時20分からのタブラ奏者U-zhaan(ユザーン)が演奏前に一言。「僕、太鼓すごくうまいんで、楽しみにしていてください」。観客は「知ってるよ」と言わんばかりに歓声を上げる。
二つのタブラを左右の手の指先、手のひら、手の付け根などを高速で打ち付けながら、ニュアンスに富んだ音像を創り出す。聴いていると体だけでなく、心の熱が高まるのが自覚できる。「(インドの)パンジャブ地方の『馬が走っている』という曲」との解説を踏まえた楽曲は、ユザーンによる現地語の語りが入る。タブラの高速リズムと、言葉がぴったりリンクしていて驚いた。
クライマックスはラスト2曲だった。「マイメン」鎮座DOPENESSを呼び込み、2021年に環ROYを交えて作ったアルバムから「たのしみ」から「にゃー」「BUNKA」を披露。米国のヒップホップの歴史と、インドのタブラ奏者の系譜を交錯させた「BUNKA」ではユザーンがギターを担当。先人たちへのリスペクトを込めたラップソングに、客席から大きな拍手が湧いた。
すり鉢状の小ステージ「STONE CIRCLE」ではDJのSAMOが華やかな音空間を作り出していた。時折、アシッドジャズ的な楽曲を差し込みながら、ラテンパーカッションやタブラ、アフリカの女声コーラスなどが次から次へと顔を出し、観客の耳と体を楽しませた。
「MOON STAGE」に戻ると、少し霧が立ちこめてきた。サムピックでギターを奏でる井上園子はブルース、ブルーグラス、1970年代の日本のフォークの要素を正統的に解釈した楽曲を次々披露した。
「上等な武器など持たずして 私はこの身一つで戦える そんなもの欲しいと思わない」という強烈なフレーズで始まる「三、四分のうた」で観客の心を一気にわしづかみに。1940年代のカントリーのスタンダード曲「テネシーワルツ」も歌った。ダイナミックレンジが広いギターピッキングにのせて、微妙にフラットする歌が冴える。20代とは思えないアーシーな雰囲気を漂わせた。
静岡県民にとっては毎年11月の「Festival de FRUE」でおなじみの米ベース奏者サム・ウィルクスは、カルテットで「FUJI&SUN」に初登場。大ステージ「SUN STAGE」でジャズやボサノヴァの要素を取り込んだ繊細かつ、親密な雰囲気の演奏を繰り広げた。
ブラシを使ったドラムを筆頭に、全体的にあえて音量を抑えているのが印象的。ウィルクスはつばの広い帽子をかぶり、椅子に座って頭を上下させながらフェンダーのプレシジョンベースを操る。音符の一つ一つがきちんと耳に届く。フェスにおいて、こうしたアンサンブルは新鮮だ。
途中、シンガー・ソングライター中村佳穂を迎えた。「ベニー(キーボード奏者)とウィルクスが日本語でやろうって」と紹介したメロディーの自由度が高い「スザンヌ」、ギタリストのウィル・グレーフェが三線のフレーズを鳴らした沖縄民謡など、音楽を「消化」させる手さばきに見ほれた。
昨年の2日目トリだった森山直太朗は、今年は明るい時間帯の「SUN STAGE」に現れた。バンジョーやフィドルを取り入れた5人組バンドをバックに、希代のエンターテイナーぶりを発揮した。温かくも少しだけ毒がある「客いじり」もさえ渡り、「生きとし生ける物へ」「夏の終わり」といった堂々たる名曲との落差で楽しませた。
観客の誰もが待ち望んでいただろう「生きてることが辛いなら」をきちんとラストに持ってくるのも、このアーティストの矜持だろう。期待に応えてこそなんぼ、という心意気が伝わってくる。ギター1本の弾き語りを、観客全員が全身全霊で聴き入っていた。こうした雰囲気は「FUJI&SUN」ならではと言えるかもしれない。
夕刻の「MOON STAGE」に着くと七尾旅人がサウンドチェックから、そのまま「本番」をスタートさせた。弾き語りスタイルで波音のSAを出しつつ「湘南が遠くなっていく」(2012年)でスタート。
2曲目の前に長いMCが入る。米黒人シンガー・ソングライターのトレイシー・チャップマンの「ファスト・カー」(1988年)の歌詞世界を紹介し、七尾自身の日本語訳で歌った。抑圧される黒人女性のリアルを背景した楽曲を、「映画1本見たような気分」と形容した。
さらに、「パレスチナについての曲を歌わせてください」と前置きしてから、ガザ地区でのイスラエルの攻撃に明確なノーを表明した。このような話題をステージに持ち込むアーティストは、フェス会場では少ないかもしれない。ただ、現代を生きる一人の人間としての率直な意見表明はあっていい。現地の芸術家の受難を歌った「Two Palestinians」は、燃えたぎる怒りと悲しみをあえて静かに表現していた。
2日間を通じて初めてかもしれない「本降り」を全身で浴びながら、「SUN STAGE」のハナレグミへ。いよいよ今年の「FUJI&SUN」は大団円を迎えようとしている。メンフィス・ソウルの香り豊かなホーン入りのバンドにのせた、湿り気を帯びた永積崇のボーカルが、雨の会場によく似合う。
子どもたちが多いピースフルなフェスだから、とのMCに続いて「家族の風景」(2002年)。「7時には帰っておいでと フライパンマザー」という歌詞が、間もなく幕を閉じるフェスと重なって切なさをかき立てた。
アンコールは弾き語りで「サヨナラCOLOR」。永積のバンドSUPER BUTTER DOGの2001年の楽曲は、三島市出身のシンガー・ソングライター高野寛のプロデュースで世に送り出された経緯がある。思わぬ「静岡締め」に驚きながら、ふくよかな歌声に浸った。
終演後、撤収が進むステージの前で撮影する観客多数。「来年もここで」という声があちこちで聞かれた。