​【吉川弘文館「本郷」第177号】 「文化財」としてのシズオカの酒。純米酒しかつくらない蔵とは

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は2025年5月1日に発行(表4表記)された吉川弘文館のPR誌「本郷」第177号を題材に。

奇数月発行の同誌には、昨年9月発行の第173号から筆者が寄稿している。「文化財取材日記」というお題が与えられたので、静岡県内の「食の文化財」とも言うべき「酒造り」を提案した。今回が5回目の執筆である。

全国には「全量純米蔵」とされる酒蔵が点々とある。簡単に言えば「純米酒」しかつくらないメーカーである。「本醸造」に代表される醸造用アルコールを添加した酒も「酒文化」を彩る重要な技術であることは確かだが、「全量純米蔵」は社長や杜氏の強い意志のもと「アル添酒」を排除している。

今回の記事では県内の全量純米蔵2社を訪ね、それぞれの若き責任者に話を聞いた。共通して出た言葉が「食中酒」である。高嶋酒造(沼津市)の高嶋一孝社長兼杜氏は「心地いい酔いをつくる」と蔵のコンセプトを語り、森本酒造(菊川市)の森本圭祐醸造長は「派手な香りは料理の邪魔をしかねない」と話し「脇役としての酒」を強調する。

とかく「突出した何か」を求めがちな社会である。SNSの普及でその傾向は、一層強まったような気がしてならない。しかし、それでいいのか。二つの蔵は、全く逆の方向に目を向けている。主張しないのが主張。定量的に測りにくい「酔い心地」で勝負している。

ブランドを磨くとは、発信力を強めることではない。自分の手元にある「玉」を正しく理解し、少しずつでいいから大きくしていく作業である。取材を通じて、そのことを強く感じた。

(は)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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