
(寺田)まず最初に「スポーツと涙」をテーマに少し話します。日本では、スポーツと涙は切っても切り離せない関係にある。甲子園や箱根駅伝。大会の名称を聞いただけで過去の名場面を思い浮かべてウルッときちゃう人もいるのではと思います。
ただ、欧米などでは事情がちょっと違うらしい。「スポーツで泣くなんて感情を抑制できない赤ん坊のようだ」って考える人も多いそうなんですよ。
私自身は勝敗が決まる前でも、ひたむきにプレーする選手の姿を見ただけでぐっときちゃう。この国に生まれてつくづく良かったなと思います。
私が担当する藤枝MYFCは大方の予想を覆してJリーグ2部初昇格1年目で12位と健闘し、残留を果たしました。その激闘の舞台裏には涙の物語がありました。
今日は涙にまつわる三つのエピソードを用意しました。
小笠原がインタビューで流した涙
(寺田)今季最も大事な試合だったと選手たちが振り返るのは、夏場の8戦勝ちなし、4連敗の時。このどん底で迎えた9月中旬のアウエー熊本戦で、柔軟な戦術変更が功を奏して、2対0で勝って、長いトンネルを抜けました。この試合で決勝点を挙げたのが、熊本が古巣のディフェンダー小笠原佳祐選手でした。2年前はJ3だった熊本で最終節に優勝を決めてJ2昇格に貢献したんですね。小笠原選手はこの試合で先発出場して歓喜を味わいましたが、次の日に「来季は契約を結ばない」と解雇になった苦労人です。
プロの世界なので仕方がないことですが、まさに天国から地獄を味わって藤枝に移籍してきました。チームがJ2に昇格したと思ったら、自分はまたJ3から。
この古巣との戦いにかける思いは人一倍だったと思います。試合直後のヒーローインタビューで、その小笠原選手が感極まって涙を流した。私ももらい泣きしましたが、本人に聞くと、実はインタビュアーの女性は熊本時代からの顔見知りで、小笠原選手の事情を知っていた。インタビューの前に、その彼女が先に涙を浮かべていた。小笠原選手に言わせると「自分はもらい泣きしちゃった」と。
藤枝はこの熊本戦で再び上昇気流に乗りました。
記者会見で広報担当者の目に光るものが…

もう一つ、今季の大きなポイントとなった試合がホーム清水戦でした。前回対戦はアウエーで0対5で大敗していましたが、最後の静岡三国決戦を2対0で勝ったんです。クラブの歴史に新たな1ページを刻みました。
この試合後の監督会見で、いつものようにホームチームの女性広報担当者が司会をしました。ここで須藤監督は、自分たちや選手を褒めたたえる前に、「この勝利はこれまでクラブを支えてくれたスタッフみんなのおかげ。一体感がもたらした勝利だ」と言った。
そうしたら、その記者室の隅で司会をしていた女性広報担当者が目をうるませていた。彼女は藤枝のJ3時代からの苦労を知っている人です。でも司会だから泣くわけにはいかない。涙がこぼれないよう、上を向いて、ぐっとこらえていた。思い出すとウルウルしてきます。
(山田)僕も取材に行くと、その女性広報の方に毎回すごく丁寧に対応していただき、「もっと取材してください。もっと知らせてください」ってね。
(寺田)今季この成績を残した一番の要因はこの一体感。その会見場にいた記者たちから自然と拍手がわき、監督を送り出した。今年の感動の名場面でした。
どん底を支えてくれたサポーターに…

(寺田)私は1年間、須藤監督とチームを間近で見てきました。偉そうな言い方になってしまいますが、須藤監督自身もすごく成長したんだと思うんですよ。シーズン途中は選手起用や交代策で、ちょっと周りの人が首をかしげる場面もありました。
藤枝といえば須藤監督が掲げる超攻撃的スタイルです。前線からハイプレスをかけ、最終ラインからパスを繋いで攻め込む。開幕は好スタートを切りましたが、さすがにJ2はレベルが高く、対戦が一巡する前に弱点を研究されちゃったんですね。
主力選手をJ1チームに引き抜かれたりして、夏場にはどん底まで落ちた。ハイプレスをかわされ、自陣深くでパスミスを突かれて失点する悪循環に陥り、チームの根幹が揺らいだ時期がありました。
どん底4連敗を喫した時。ゴール裏サポーターに選手と一緒に挨拶にいくと、アウエーのスタジアムに駆けつけた藤枝サポーターは泥沼状態のチームに「こっからだ。応援してるぞ」とエールを送りました。そうしたら須藤監督が拡声器を持ってサポーターの前に立った。目を赤くして、涙を浮かべて。須藤監督も苦しかったと思うんですよね。「あの時のサポーターのエールは本当にありがたかった」と言ってました。
(山田)いやあ、いろんな経験を積みましたから来季期待したい。須藤監督は来季も続投が決まっています。発展途上のチームなので、今から追いかけたら面白いですよね。今日の勉強はこれでおしまい!