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テーマ : 編集部セレクト

大自在(5月11日)ワサビ

 大型連休は伊豆の狩野川水系の渓流を、定宿に泊まりながら釣り歩いた。当然、釣りが主目的だったが、伊豆特産のワサビの魅力を五感で味わう旅でもあった。
 伊豆の渓流はワサビ田と隣り合わせのことも多い。井伏鱒二の作品集「川釣り」に収められた短編小説「ワサビ盗人[ぬすびと]」は中伊豆の地蔵堂地区が舞台。釣り人が流れてきたワサビからワサビ泥棒を疑い、消防団員と協力して捕まえるまでの顛末[てんまつ]がつづられる。清涼感あふれるワサビの描写がまたいい。
 捕まった泥棒は「ちかごろ、ワサビの値が高いから悪いんだ」と言い放つ。随分勝手な言い訳だが、現在もワサビは和食人気に伴う海外での需要の伸びなどもあり、取引相場は上昇傾向が続いているという。
 刺し身やそばの薬味などには欠かせない。ステーキなどにも合う。外食機会が増える連休中は出番が多かったのではないか。強気な値段設定ながら、円安を追い風に増えている訪日観光客に人気の海鮮丼を「インバウン丼」と呼ぶそうだ。ここでもワサビは存在感を発揮していることだろう。
 立ち寄った伊豆市の「伊豆わさビジターセンター」は4月にオープンしたばかり。世界農業遺産に認定されているワサビの歴史や健康効果についても紹介している。VR(仮想現実)を利用したワサビ田ツアーは楽しかった。
 センター近くの店で食したのは、かつて農家の常食だったというワサビ飯。引き締まった風味と後味の良さは文章の極意にも通じる。思わず泣けてきたのはワサビの辛みのせいか、それともおのれの技のつたなさからか。

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