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富士登山ことしはどうなる コロナ禍の変化と新たな課題

 新型コロナウイルスの感染症法の位置付けが5類に移行し、富士登山は初めての夏のシーズンを迎えます。既に山小屋には宿泊予約が殺到し、登山者はコロナ禍前を上回るとの見方がある一方で受け入れ態勢の課題が指摘されています。これまでの変化や、コロナ禍を経て新たに浮上した課題をまとめます。

開山まで1カ月 山小屋、早くも満員続出 「弾丸」増に懸念

 新型コロナウイルスの感染症法の位置付けが5類に移行し、初めての夏の登山シーズンを迎える富士山の山小屋に、宿泊予約が殺到している。開山1カ月前にもかかわらず、既に多くの日が満員になる異例の速さで推移する。水際対策の緩和で海外からの需要も増し、登山者はコロナ禍前を上回るとの見方もある。一方、山小屋の多くは感染対策に配慮した新たな様式を維持し、コロナ禍で減らした宿泊定員を若干の増加にとどめる方針。受け入れの容量を超えれば弾丸登山の増加やトイレ処理の問題が生じる恐れもあり、関係者は懸念を募らせる。

満員を示す「×」が目立つ富士宮口元祖7合目山口山荘の予約カレンダー
満員を示す「×」が目立つ富士宮口元祖7合目山口山荘の予約カレンダー
 富士宮口の元祖7合目山口山荘は、今夏の宿泊客の受け入れ予定をコロナ禍前の3分の2に当たる1日120人に設定した。昨年より20人増やしたが、5日時点で開設期間の62日のうち41日が既に満員に。同8合目の池田館は1日250人から150人に縮小した定員を維持したままで、受け入れに余裕があるのは開山後と終了前の数日に限られる。御殿場口と須走口では一部でまだ空きがあり、経営者は吉田口と富士宮口で予約できなかった人の問い合わせに備える。
 コロナ禍は山小屋の運営を見直す契機になった。感染対策の一環で利用者間の距離を確保したことで、寝心地やプライバシーの保護などの環境が改善した。富士山表富士宮口登山組合の山口芳正組合長は「安全かつ快適に利用できる環境に前進した。以前のような雑魚寝には戻せないだろう」と話す。
 予約殺到を受けて収容人数の拡大を試みるも、従業員が集められず断念した山小屋もあった。池田館の池田裕之さんは「コロナ禍でバックパッカーのような短期雇用を好む人が減った。知り合いをたどっても急に引き受けてくれる人は少ない」と語る。
 宿泊が困難になると、十分に休息を取らない弾丸登山者が増えると予想される。昨年の開山期間に静岡県側で発生した遭難事案のうち疲労による要請が44%(前年比30%増)と、登山者の準備不足が課題に上がっていて、県警地域課の担当者は体調不良者がさらに増加する恐れがあると見る。
 登山者増加によるバイオトイレの容量超過も懸念の一つ。容量を超える日は山小屋の従業員がくみ取っていたが、今年は従業員不足でくみ取りが追い付かないことも考えられる。山小屋経営者の1人は宿泊者分の容量確保を最優先に、日中の利用を制限せざるを得ない事態も想定する。
 今年は世界文化遺産登録10年の節目の年。山口組合長は「入山規制を含め富士登山の新しい形を考える年になりそう」と話した。

 早期予約 海外から集中
 山小屋には外国人から問い合わせが相次いでいる。5月8日に新型コロナウイルスの位置付けが5類に移行した途端、海外の旅行会社から申し込みが集中した。30人規模の団体が複数入って枠が瞬く間に埋まり、大人数の受け入れが難しくなった。池田館の池田裕之さんは「新規の旅行会社から今も電話が鳴る。コロナ禍で来られなかった間にたまった需要が爆発している」と、富士登山の注目度の高さを強調する。
 外国人登山者の増加に備え、県は案内役の富士山ナビゲーターに対して他言語翻訳アプリや易しい日本語の使い方の指導を検討している。今年から新設される須走口のインフォメーションセンターでは、英語と中国語が話せるナビゲーターが駐在する予定。関係者は文化や価値観の違う外国人にルールやマナーなどの理解を求める能力の重要性も訴える。(富士宮支局・国本啓志郎)
 〈2023.06.07 あなたの静岡新聞〉

コロナ禍で入山激減 来訪者の満足度向上、山小屋は苦境

 6月に世界文化遺産登録10周年を迎える富士山。新型コロナ禍により2020年に史上初めて夏山閉鎖となり、2年ぶりに開山した21年は、おおむね20万~30万人で推移してきた登山者数が山小屋の定員縮小などで7万8千人に激減し、22年も16万人にとどまった。ユネスコ世界遺産委員会の勧告に基づき静岡、山梨両県が混雑緩和や適正な来訪者管理を模索する中、予期せず実現した“人の少ない富士山”は、登山者や山小屋関係者にどのような変化をもたらしたのか。両県などで組織する富士山世界文化遺産協議会が今後の富士登山の在り方を考えるために実施した影響調査から読み解く。(東京支社・関本豪、中村綾子)

 調査は22年、5合目以上の山小屋31軒や登山に興味のある人、登山ガイドを対象にコロナ禍の影響を尋ねた。山小屋の回答を基にした21年の宿泊定員数の平均値は、19年の約半数の75人に抑えられた。21年の総宿泊者数の平均値は1195人で、19年に比べて約7割減少した。

料金上げで乗り切る
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感染対策を利用客に説明する山小屋スタッフ(左)=2022年8月2日、富士山富士宮口9合目の万年雪山荘(写真部・小糸恵介)

 山小屋からは経営の苦境を訴える声が多く寄せられた。持続化給付金や両県の支援策の活用では足りず、従業員の削減や宿泊料金の値上げに踏み切り、難局を乗り切った様子が浮かんだ。一方で「コロナ以前の宿泊客の詰め込みは、いきすぎた部分もあった」と振り返る経営者もいた。今後、定員数を維持するかどうかは山小屋によって判断が分かれる。「値上げや定員減少が続き、やめていく山小屋が増える」「弾丸登山が増えて文化を支える(山小屋の)存在が失われる」といった理由から行政の対応を求める意見もあった。

休息してから御来光
 来訪者管理戦略の一環で協議会が毎年実施する登山者へのモニタリング調査(開山中の6日間を抽出し千人規模で実施)の回答をコロナ前(19年)、コロナ後(22年)で比較すると、山小屋で休息してから山頂で御来光を拝む登山者の割合は11ポイント上昇した。「ごみをよく見かけた登山者の割合」「山小屋やトイレに不満を感じた登山者の割合」など満足度に関係する複数の指標で目標値をクリアし、改善傾向がみられた。植生や登山道の変化など、自然面の影響は確認されなかった。
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富士山頂でご来光を望む登山者=2022年8月3日(写真部・小糸恵介)

 富士登山に関心のある千人へのウェブアンケートでは、仮に新型コロナが感染拡大傾向でも制限・要請がなければ「登りたい」とする回答が65%以上を占め、登山意欲の高さが表れた。今後の対策を巡っては、1日あたりの入山可能人数の制限について8割が、登山の事前予約制導入は7割が「賛成」「まあ賛成」と答えた。

2年かけ指標見直し
 協議会は有識者らでつくる学術委員会の意見を聞き、本年度から2年間かけて世界遺産としての「望ましい富士登山の在り方」の実現に向けた指標の見直し作業を進める。今回の影響調査の結果も、その検討材料とする方針だ。
 静岡県富士山世界遺産課の担当者は「登山者数減少が満足度向上につながった部分がある一方、山小屋の経営面に大きく影響した。公共的な側面もある山小屋の位置付けは今後の課題」と指摘した。安全で快適な登山を求めるニーズの高まりなど意識の変化もうかがえるとし「コロナへの不安が薄れて登山者数回復が予想される今夏の状況をしっかり分析したい」と話した。
 〈2023.05.30 あなたの静岡新聞〉

山小屋 下支えする態勢を 横浜国立大の加藤峰夫名誉教授

 環境法や環境政策が専門で、富士山世界文化遺産学術委員会委員も務める横浜国立大の加藤峰夫名誉教授(65)に、調査結果の評価や今後の保全管理についての意見を聞いた。

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加藤峰夫名誉教授

 新型コロナ禍は、富士登山にとってある種の社会実験になったと思う。これほど大幅に来訪者が減るというのは、通常の富士山の利用状況であれば考えられなかった。端的に言えば、富士山を管理する面でどのような影響が出たのかを見るまたとない機会となった。
 行動に厳しい制約がかけられたにもかかわらず、来訪者の富士山への印象、登山体験、山小屋で受けたサービスへの感触はかなり良かった。ただ、人が減れば全ての問題が解決すると短絡的に結論を出すのはミスリーディング。コロナ禍で変わった山小屋の対応や行政などからの情報提供がどう効いたのかといった側面まで突き合わせ、分析していく必要がある。
 山小屋の経営はやはり大変だった。コロナ禍が収まった時に宿泊客数を元に戻すか、それともさらに減らすか、コロナ時の水準のままいくのかという点は方針がばらけているが、無理に詰め込むというよりも、それなりの費用を払ってもらえるのならば、ある程度の客数で抑える流れになっていくのかもしれない。
 山小屋関係者の懸念の声が根強い弾丸登山は、富士山特有の問題。これまでのようにある種の行動を漠然とひとくくりにして「やめよう」と呼びかけるのではなく、弾丸登山とは一体何か、なぜ良くないのかということを、もう少ししっかり考えないといけない。
 山小屋経営が成り立たなければ、富士山のような大きな山はこまめに管理できない。感染症が再び起こったり、社会情勢で必要な物資が手に入らなかったりした時、山小屋を下支えする態勢づくりは不可欠だ。
 富士山は何百年と文化・信仰の対象として人々が登り続けてきた。原生自然をできるだけ手を加えずに保護するという考え方ではなく、世界遺産としての「テーマパーク」だと割り切ってはどうか。楽しんでもらう特徴、対象を明確にする。そのための管理に費用がかかるから、来訪者にも負担をお願いする。いただいたお金はルールに基づき役所、NGOやNPO、山小屋などで活用する。富士山は広い山域に多様な管理主体があるため、なかなか難しいとは思うが、はっきりさせていった方がいい。
〈2023.05.30 あなたの静岡新聞〉

2021年に2年ぶり通行可能に 新型コロナで「新様式」定着

 2年ぶりに富士山静岡県側登山ルートが山頂まで通行可能となった10日、3ルートの出発地点では、この日を待ちわびた登山者が新型コロナウイルス対策に気を配りながら歩みを進めた。新型コロナの影響もあってか出足は低調で、山小屋関係者の嘆きも聞こえた。

水ケ塚駐車場で体調確認と検温後、リストバンドを受ける登山客=10日午後0時45分ごろ、裾野市須山
水ケ塚駐車場で体調確認と検温後、リストバンドを受ける登山客=10日午後0時45分ごろ、裾野市須山
 3ルートで最も登山者が多い富士宮口。晴天の土曜日と好条件がそろっていたが、6合目のバリケードが撤去される午前9時に集まった登山客はまばら。家族3人で訪れた会社員斉藤聡史さん(42)=神奈川県小田原市=は「他の登山客とのすれ違いやあいさつの際は感染に気を付ける。良い天気なので上からの景色を楽しみたい」とゲートをくぐった。
 従業員と早朝の登山客を見送った富士宮口6合目「宝永山荘」のオーナー渡井弘子さん(79)は「待ちに待った開山。不安もあるけどみんなに会えるのはうれしい」と語った。
 友人と須走口を訪れた自営業相馬健太郎さん(46)=東京都大田区=は消毒液を持参した。宿泊する山小屋は定員を半減するなどの対策を講じ、「伝え聞いている限りは安心できる」。マスクを着用したまま出発した。
 例年、開山日の昼は満席になる須走口5合目の山小屋はこの日、閑散としていた。「東富士山荘」を経営する米山千晴さん(70)によると、訪れる人は例年の2割程度。「やっと開山した喜びはあるが、全然人が来ない」と表情を曇らせた。
 各登山道には健康チェックを済ませ、リストバンドを巻いた登山者の姿が見られた。2合目の水ケ塚駐車場などで県の委託を受ける富士急静岡バスのスタッフが検温や体調確認を経て異常がないと判断した登山者に配り、感染防止の水際対策を講じていた(吉田史弥、矢嶋宏行)
 〈2021.07.11 静岡新聞朝刊〉
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