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大自在(4月5日)芹沢と大岡 魂の交差

 静岡市本通の呉服商の次男として生まれた染色家芹沢銈介は40年前の4月5日、88歳で世を去った。今週火曜から市立芹沢銈介美術館で始まった企画展は、彼の「画家」としての素地を見つめる。草花のスケッチや板絵の数々からは「世界を写し取りたい」という根源的な欲望が伝わる。
 同じ4月5日が命日の詩人大岡信(1931~2017年)は三島市出身。芹沢とは親子ほどの年齢の開きがあるが、ともに本県出身の世界的表現者として知られる。フランス政府から芸術文化勲章(オフィシエ)を授かっているのも共通点だ。
 盛期の活動の場が離れていた2人の、希少な〝接点〟が芹沢美術館に残る。夭折[ようせつ]した歌人中村三郎の「降る雪の音こそなけれ澄み入りてかすかに光るいのちなりけり」の書作品。芹沢は1984年1月22日、新聞連載で大岡が紹介したこの歌を目にし、右手の自由がきかなくなっていたにもかかわらず「書にしたい」と言い出した。
 大岡は、命のともしびが浮かぶ中村の歌を「この歌のような眼と心の集中が生む澄んだ歌境は、人にしみじみ迫る」(岩波新書「第四折々のうた」)と評した。書の制作では、あおむけの芹沢に弟子がベニヤ板に貼った紙をかざし、手助けしたという。
 芹沢が左手に結んだ筆でしたためた字は、一部読めないほど崩れている。だが、確かな意志を感じる筆の運びは亡くなる74日前の「眼と心の集中」そのものである。
 病と貧困の中、31歳で亡くなった中村の歌が、芹沢と大岡の心を震わせた。芸術家の魂が交差した瞬間ではなかったか。

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