【第1章】危機意識の低下④ 「南海トラフ臨時情報」どう運用?【東海さん一家の防災日記 南海トラフ地震に備える/いのち守る 防災しずおか】

 いつ起きるか分からない南海トラフ地震に市民はどう備えるべきか。自治会・自主防災会会長の東海駿河[とうかいするが]さん(71)と妻の伊豆美[いずみ]さん(66)、長男の遠州[えんしゅう]さん(36)親子、長女の富士子[ふじこ]さん(33)の3世代をモデルに、自助、共助の取り組みを考える。

 静岡県内で開催された南海トラフ地震対策の講演会。自主防災会の代表として参加した東海駿河さんは2019年5月に運用が始まった「南海トラフ地震臨時情報」の説明に疑問が膨らんだ。「運用が始まってしばらくたつけど詳しくは知らないし、何やら複雑だな…」。講演会終了後、気象庁の「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」の平田直会長(68)を訪ね、疑問をぶつけた。
 「平田会長、東海地震の予知情報や警戒宣言はどうなってしまったのでしょうか」。県内では長年、突発地震への備えと併せて、地震予知を前提とした対策が行われてきたはずだった。
 平田会長は「警戒宣言や予知情報が発表されることはもうありません」と明言した。「想定震源域の一部では、地震発生前に『前兆すべり』と呼ばれる現象が起きます。この変調を観測すれば地震予知ができると考えられていました」と平田会長。「しかし、現在の科学では、通常と違うゆっくりすべりが観測されてもそれが地震の“前兆”なのかは分からないのです」
 長年、地震予知と呼ばれてきたような確度の高い地震発生予測は難しいと理解した東海さん。「これまでやってきた対策は無駄になってしまうのだろうか」
 大規模地震対策特別措置法(大震法)に基づくこれまでの制度では、「警戒宣言」が発令されると住民避難や鉄道の運休など一律の強い制限が求められ、社会が混乱する可能性があると懸念された。一方で新しい「臨時情報」の場合、警戒宣言のような一律に強い行動制限はない。どんな行動を取るか事前に決めておく点は同じだが、一律の規制ではない分、住んでいる地域によって防災対応が変わるのが難しい点だ。平田会長は「避難をするかどうかなどの取るべき行動を、地域や個人でそれぞれ考えておくことが重要です」と強調した。
 東海地震の想定震源域を含む南海トラフ沿いでは過去に大地震が繰り返し起きているが、次がいつかは分からない。「自然現象はとても複雑。簡単には予測できません」と平田会長。ただ、ひとたび大地震が発生すれば周辺の地域で普段よりも地震の発生確率が高まるということは言えるため、後続する大地震には備えられる。「この科学の知見を防災対策に生かすための仕組みが臨時情報です」
東海・東南海・南海地震の想定震源域
 そういえば、昭和南海地震は昭和東南海地震の約2年後、安政南海地震は安政東海地震のおよそ32時間後に起きたことを思い出した東海さん。「大地震は1回だけとは限らないんだ」。平田会長の話を聞き、臨時情報が出たら具体的にどうするかを考えてみようと思った。津波浸水想定区域に住む長男遠州さんも誘い、大学教員で元県職員の岩井山仁さん(68)に助言を求めることにした。

対応 個々に検討必要
 臨時情報について、事前に気象庁や内閣府のウェブサイトで調べた東海さんと遠州さん。地震の規模などに応じて「巨大地震警戒」と「巨大地震注意」「調査中」「調査終了」の4種類があることを知ったが、発表のタイミングが分かりにくいと感じた。岩井山さんと一緒に「巨大地震警戒」が発表されるケースをイメージしてみた。
南海トラフ地震臨時情報発表の流れ
 東西に長い南海トラフ地震想定震源域の西側、高知県沖でマグニチュード(M)8の地震が発生したと想定。この時点で県内にも大津波警報が発表される。気象庁では専門家が観測データから発生した地震の評価を行う。プレート境界でM8以上の地震が発生した「半割れ」状態と判断されると、気象庁が「巨大地震警戒」を発表するという流れだ。西側で大地震が発生すると、東の本県側でも同規模以上の後発地震が発生する可能性が高まる。なるべく普段通りの生活を送りつつも、事前避難対象地域は1週間程度の避難の継続が求められる。
 遠州さんは「事前避難対象地域は浸水想定区域とは違うのか」と疑問に思った。後発地震が発生してからでは津波避難が間に合わない地域が事前避難の対象になるので、想定浸水区域であっても避難タワーなどが整備されていれば事前避難の対象にならないことがある。岩井山さんは「各市町がそれぞれ区域を設定しているので、まずは自宅が事前避難対象地域かどうか確認してほしい」と訴え、「夜間に確実に避難できるかも確認しておきたい。高齢者や障害者がいる世帯は事前避難対象地域でなくても夜間だけは安全な親戚・知人宅に身を寄せることも考えておいたほうがいい」と付け加えた。
 一方では避難が必要としつつ、なるべく普段通りに過ごすとは…。「内陸部なら結局何もしなくていいということなのか」と東海さんは少し混乱した。岩井山さんは「耐震性が十分で、日ごろから備蓄や家具の固定が万全なら特別な行動は必要ないけれど、そうでなければ備えを再確認してほしいということなんだ」と説明した。鉄道や企業、店舗も原則営業するが、沿岸部に事業所がある場合は一時的に休業する対応なども考えておく必要がある。「事前に検討しなければならない事項は多いのに議論はまだまだ足りない」と岩井山さんは懸念を口にした。
 南海トラフの想定震源域では1944年の昭和東南海地震の約2年後に昭和南海地震が発生した。1週間過ぎれば安全ということはなく、何年たっても後発地震が起きない可能性もある。「巨大地震警戒」が解除されても地震がいつ起きてもおかしくない状況は変わらず、事前避難対象地域などでは継続して警戒が必要だ。「自宅の耐震化は必須で、家族の状況に応じては緊急避難しなくてもいい安全な場所に移転することも考えてほしい」
 岩井山さんの説明に、少しもやもやが解消された東海さんと遠州さんは、学校や会社の対応についても確認することにした。
明日へのメモ
 「東海さん一家の防災日記」で取り上げてほしいテーマや、地域・家庭での特色ある活動、県や市町の防災行政への意見などを募集します。情報を基に取材をさせてもらう場合もあります。お住まいの市町名、氏名またはペンネーム、年齢、連絡先を明記し、〒422-8670(住所不要) 静岡新聞社編集局「東海さん一家の防災日記」係<ファクス054(284)9348>、<Eメールshakaibu@shizuokaonline.com>にお送りください。

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