【「路上演劇祭Japan in 浜松2026」】演者がどこからともなく現れ、「そのへん」に帰って行く

静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は5月30日に浜松駅北口地下広場で開かれた「路上演劇祭Japan in 浜松2026」を題材に。
(文と写真=論説委員・橋爪充)

「路上演劇祭Japan in 浜松2026」のオープニングを飾った「子どもと大人のための現代演劇ラボラトリー」の『春休みの宿題』


2001年にメキシコの路上演劇祭の影響を受けて、浜松市と東京都世田谷区で始まったという「路上演劇祭Japan in 浜松2026」。浜松では一時休止後の2009年から、毎年市内中心市街地で上演しているという。

今年は午前11時から、浜松駅北口のバスターミナル下の円形スペースで開かれた。恥ずかしながら、初めて足を運んだ。

市内外の演劇集団やパフォーマーが入れ代わり立ち代わり、短めの演目を披露する。プログラムには25組の名前があったが、午後の取材の関係で序盤の4組だけを鑑賞した。

「お芝居屋さん」を掲げるふへさんの『昔ばなしであそぼ!』


円形スペースは中央に二つのモニュメントがあり、その周辺は浅い水路や植栽、石のタイルによる地面で取り囲まれている。演じ手はこの広大な場所のどこを「舞台」にしてもいい。劇場ではないので、観客は椅子にどっかり腰を下ろしてばかりではいられない。演目ごとに自分なりの「鑑賞地点」を探すことになる。

「次はこのへんです」という必要最小限の情報しか与えられないのが、逆に新鮮。演目の途中で自分の見やすい、聞きやすい場所に移ってもいい。

第2演目の「加藤解放区」による『部屋とYシャツとロミオとジュリエット(序章)』は、特に見る側の工夫を要求された。シェークスピアの『ロミオとジュリエット』の「バルコニーの場面」を再現するのだが、モニュメント下にロミオを置き、上空のバスターミナル階の手すり部分からジュリエットが身を乗り出すという構図を作った。

「加藤解放区」による『部屋とYシャツとロミオとジュリエット(序章)』


極めて演劇的なチャレンジ。「これは見逃せない」と感じ、最適の鑑賞地点を探した。両者が視界に入り、なおかつせりふが聞き取りやすい場所。最終的には地下スペースの屋根部分から内側に出た地面に腰を下ろすことになった。

「正面」や、「上手」「下手」といった考え方がない演劇。駅の利用客と演劇の観客が混在する空間。舞台と楽屋を隔てる壁のようなものがなく、演者はどこからともなくやってきて、「そのへん」に帰って行く。雑談やバスの発着音が混ざり、青空の下にハトが飛び交う。

その中で、演じ手と演じ手、あるいは演じ手と観客の間に、何らかの関係性を創り出さなければならない。これは相当タフな演劇空間だ。

「加藤解放区」の演目は、ロミオとジュリエットが愛の言葉を交わす場面が、実は劇中劇であったことが明らかになり、芝居がリフレインするといった内容だったが、都市の雑踏に埋もれることなく、見ている側にはっきり物語が届いた。

演劇に「勝ち負け」などというものはないが、日常空間に演劇を立ち上らせたという点で、街路にくさびを打ち込んだのではないだろうか。

村木大峰ムラキングさんの『水属性と土属性』

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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