(文=論説委員・橋爪充 写真=橋爪〈外観、作品〉、写真部・久保田竜平〈本〉)

3月15日まで開かれていた浜松市出身の画家・中村宏さん(1932~2026年)の大規模回顧展のカタログが送られてきた。会期中に予約した人には4月上旬に届いているようだ。一言で言えば、待った甲斐があった。
1950年代から2020年代までを網羅した回顧展の出品作に再度出合えるだけでなく、多くの重要なテキストが収録されている。1932年9月10日の生誕から、2026年1月の展覧会までの人生をたどった植松篤上席学芸員による年譜は、14ページに及ぶ。橘川英規さんが手がけた著述、文献の目録も圧巻だ。これを見ると、中村さんに関する静岡新聞の記事がいかに少なかったかが知れて、申し訳ない気持ちになってくる。
テーマが絞り込まれた寄稿も読み応えがある。美術史家の足立元さんは中村さんが生きた1950~60年代の日本の美術シーンのありようを伝え、アーティストの嶋田美子さんは中村さんの主要モチーフである「セーラー服」の政治性を論じる。
県立美術館の木下直之館長は、自身と中村さんの故郷である浜松市の戦後間もなくの風景に触れ、「まんが原作者」の肩書で登場する大塚英志さん(!)が戦時下のアバンギャルドと中村さんの接続を語っている。なんと刺激的な。
静岡県立美術館で開かれた「中村宏展」の看板(2026年1月撮影)
白眉は県立美術館の川谷承子上席学芸員を中心に据えた、中村さんへの4回のインタビュー12ページである。1950年代から60年間の画業を振り返る、エピソード満載の問答。これだけで単行本になりそうな面白さだ。
読みどころは多数あって、その一つが中村さんと吉本隆明を引きあわせた榑松栄次(1932~2008)という人物への言及である。中村さんは榑松さんの批評について、著名な評論家・石子順造(1928~77年)よりも「面白かった」と言っている。静岡県の菊川出身とある。
知識不足を恥じた上で「ググって」みると、毛利ユリ名義で活動した写真家である。続いて「毛利ユリ」「榑松栄次」を静岡新聞のデータベースで調べてみる。表現活動についての記事が出てこない。榑松さんはJR菊川駅前の明治時代の茶業倉庫「赤レンガ倉庫」の保存会としても活動していたようだ。長い記事はそれだけだった。またしても申し訳ない気持ちになった。
最も印象に残った中村さんの発言はこれだ。
メキシコ絵画に関心があって、特に[ディエゴ・]リベラ[1886-1957]、[ホセ・クレメンテ・]オロスコ[1883-1949]なんていったら震えるくらい好きだったもんね。
中村さんの大回顧展の会場風景を思い出した。入ってすぐの「第1章 社会へのまなざし」に掲げられていた『砂川五番』(1955年)を見た時に、不思議な気持ちになったのだ。「あれ? どこかで見ただろうか」
「中村宏展」に出品された『砂川五番』(2026年1月撮影)
メキシコ絵画に興味があって、リベラが好きだったという中村さん。この記述を読み、県立美術館の収蔵品展で見た、ある作品を思い起こした。島田市出身の画家北川民次(1894~1989年の『タスコの祭』(1937年)。北川はリベラとも現地で親交があった。
『タスコの祭』は、暗い青色のベールをかぶった女たちが手前に描かれていて、画面右奥にかけて人々が列をなすようにひしめいている。奥の方には楽団や闘牛に興じる男もいる。全体的に画面が暗く、上部にはまっすぐ横に引いた地平線が見える。
『砂川五番』と構図が似ている。人物の輪郭線がはっきり描かれている点も、同じにおいを感じる。メキシコの巨匠リベラを間において北川民次、中村宏という静岡に生を受けた二人のアーティストが並ぶ図が頭に浮かんだ。楽しい気分になった。
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■静岡県立美術館「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」図録
価格:4000円(税込み)
購入方法:同館(静岡市駿河区谷田53-2)ショップでの現地購入。ショップへの電話予約(054-262-1960)
※電話予約の場合、図録代金と送料は現金書留で支払う。一人一冊のみ
問い合わせ:静岡県立美術館企画総務課〈054(263)5755〉









































































