(文・写真/論説委員・橋爪充)

1970年代後半からカメラマンとして東京のパンクシーンの撮影を続け、インディーズレーベル「テレグラフ・レコード」の代表としても知られた地引雄一さんの1986年のミュージック・マガジン増刊『ストリート・キングダム 東京パンク/インディーズシーンの記録』を劇映画化した。
みうらじゅんさんの傑作漫画を映画化した2003年の「アイデン&ティティ」と同じ、田口監督×宮藤官九郎さん脚本×大友良英さん音楽×峯田和伸さん主演という座組みだけに外れはないだろうと思って鑑賞したが、期待は裏切られなかった。
静岡市で「小さかった頃」の宝島をむさぼり読み、地引さんの写真や彼が後に発刊した雑誌「EATER」に親しんだ筆者としては、音に聞こえし「東京ロッカーズ」の伝説が映像として目の前に差し出されたことに、激しく心を揺さぶられた。
田口監督は「事実をベースにしたフィクション」と公言している。一方で、全編を貫くのは先達への敬意だ。田口監督がパンクバンド「ばちかぶり」を結成するのは1985年。映画「ストリート・キングダム」は1978年から1982年の東京を描いているので、監督自身がある種の憧れをもって見つめていたのが、リザード(劇中ではTOKAGE)であり、フリクション(劇中では軋轢)だったはずだ。
「王国を作りたい。売れる売れないじゃないんだ」というリザードのモモヨ(若葉竜也さん、劇中ではモモ)の発言や、「東京の街にフィットする都市生活者の音楽を作るんだ」というフリクションのレック(間宮祥太朗さん、劇中ではDEEP)の宣言は、1980年代前半の田口監督自身に直接響いた言葉に違いない。
筆者が同時代体験したインディーズレーベルは1980年代半ばの「ナゴム」「太陽」「トランス」などで、ばちかぶりは有頂天のKERAさん率いる「ナゴム」の看板アーティストだった。こちらの読み取り不足も大いにあっただろうから断言はしにくいが、当時の「宝島」あるいは「フールズメイト」では東京ロッカーズは「かつてあったもの」という語られ方をしていたように思う。前述のインディーズレーベルとの接続については、あまり声高に語られていなかった。
そんなこんなで、田口さんが今般、東京ロッカーズの映画を撮ると聞いたときには、ちょっと意外に感じた。だが、冷静に考えてみればリザードやフリクションはばちかぶりのちょっと上の「東京パンクの先輩」である。影響を受けていないはずがない。
地引さんの著作の映画化は田口さんの発案だと聞くが、洋の東西を問わず優れた監督が何度も試みている「映画についての映画」を撮るのと同じ発想ではないだろうか。本作は「表現そのものへの讃歌」であり、例えばジョゼッペ・トルナトーレ監督『ニュー・シネマ・パラダイス』やデイミアン・チャゼル監督『バビロン』の系譜にある。
小さな静岡ネタ。峯田さん演じるユーイチが1979年に企画した新宿ロフトの6日連続ライブイベントは、現実には「DRIVE TO 80's」という名称だったが、ここに熱海市の巻上公一さん率いるヒカシューが出演している。1978年結成だから、早い時期から注目されていたことが分かる。このイベントに出演したフリクション、P-MODEL、突然ダンボールも活動継続中。「王国」の住人たちは長生きなのだ。
<DATA>※県内の上映館。4月6日時点
シネプラザサントムーン(清水町)
イオンシネマ富士宮(富士宮市)
静岡東宝会館(静岡市葵区)
TOHOシネマズららぽーと磐田(磐田市)
TOHOシネマズサンストリート浜北(浜松市浜名区)
TOHOシネマズ浜松(浜松市中央区)









































































