【第29回伊豆文学賞優秀作品集】「小説・随筆・紀行文部門」最優秀賞は天野さおりさん(磐田市)の『ふたりひょっとこ』

静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は2026年3月4日に初版発行(奥付記載)された伊豆文学フェスティバル実行委員会編「第29回伊豆文学賞優秀作品集」(長倉書店)を題材に。
(文/論説委員・橋爪充 写真/写真部・久保田竜平)

2025年5月1日から9月30日まで(掌篇部門は9月16日まで)の募集期間に全592編の応募があった第29回伊豆文学賞の「小説・随筆・紀行文部門」「掌篇部門」の最優秀賞、優秀賞、佳作、全10編を収録した。審査員を務めた村松友視さん(静岡市出身)、諸田玲子さん(同)、太田治子さん、中村直美さん、今村翔吾さんの選評も載っている。

「小説・随筆・紀行文部門」の応募数は昨年の446編を大きく上回った。およそ3割増し。この賞の認知度の高まりに驚かされる。書き手にとっては一層「狭き門」になった。

「小説・随筆・紀行文部門」最優秀賞に選ばれた天野さおりさん(磐田市)の『ふたりひょっとこ』は秋祭りのひょっとこ踊りに挑む小学5年生男子2人が主人公。コミュニケーション能力にたけた、いかにも少年らしい好奇心に満ちた利人(りひと)と、社交的ではないが静かに自分のすべきことを深めていくタイプの徳丸(とくまる)が、ひょっとこ踊りの稽古を通じて互いの距離を縮めていく。この年代の男の子ならではのライバル心と熱量の分かち合いが、生き生きと描かれている。それを見守る周囲の大人も含め、キャラクター造形がとても魅力的。祭りばやしのにぎやかさと、利人と徳丸の間に結ばれた強固な信頼関係が響き合う。

優秀賞の 白鳥和也さん(静岡市)の『運河と少年』は、折戸湾に注ぐかつての運河周辺で釣りにいそしむ少年と、偶然出会った米国産ヨットのオーナーの中年男性との交流が主題。オーク材を使った年代物のヨット、ヘミングウェイのペーパーバック、ハンバーガーなど「古き良き米国文化」の香りが漂う。「平成半ば」とあるから2000年前後の話である。海と陽光がまぶしく光る小説世界に引き込まれるのは、「少し昔」という時代設定がうまく機能しているからだろう。

同じ優秀賞の柏木節子さん(裾野市)の『盆の中日』は、同市の旧家に住む70代後半の女性・千鶴子を、その両親、祖父母が訪れる話。4人は当然、亡くなっていて「盆の中日」という特別な日だから現世を訪れることができている。この小説が特別なところは、「亡き者」が亡霊ではなく肉体を伴って現れる点。千都子の高校生の孫娘・千春を交えたにぎやかな対話から、一家のかつての風景が鮮やかによみがえる。

松本泉美さん(浜松市)の『ナンキンハゼ』も優秀賞。知的障害を抱えた弟の面倒を見る姉、20代のシングルマザーとその娘。世代の違う二つの「家族」が、住宅街の公園で出会う。実子に恵まれなかった女性。実家とは絶縁状態のシングルマザー。新聞配達をしながら離縁を経た姉を支える弟。母を気遣いながら自分の未来を何とか切り開こうとする高校生の娘。思いやりの矢印がさまざまに向けられた、とても心温まる物語だった。

「掌篇部門」最優秀賞は神谷優里さん(東京都練馬区)の『海と砂の境目で』。優秀賞は池田たえさん(静岡市)の『賎機』、星野有加里さん(富士市)の『白い奇跡』、牧野伊織さん(伊豆の国市)の『僕と祖父とわさび』、飯島西諺さん(神奈川県厚木市)の『静風』、遠賀サチさん(東京都町田市)の『死なせぬ神』。

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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