(文と写真=論説委員・橋爪充、撮影(書籍)=写真部・久保田竜平)
第29回伊豆文学賞の小説・随筆・紀行文部門の天野さおりさん=4月上旬、静岡新聞掛川支局
受賞作『ふたりひょっとこ』は、小学5年生の男子2人が地元の秋祭りのひょっとこ踊りの稽古を通じて関係性を深めていく物語。大人と子どもが緩やかにつながる活気ある地域コミュニティーと、繊細で優しい人間模様を描いた。
第29回伊豆文学賞の小説・随筆・紀行文部門は、応募299編から村松友視さん(静岡市出身)、諸田玲子さん(同)、太田治子さんの審査員3人が選んだ。3月上旬発刊の「第29回伊豆文学賞優秀作品集」(長倉書店)にも収録されている。
受賞連絡の電話に舞い上がった
-約300作品から最優秀賞に選ばれました。まず、応募のきっかけを教えてください。天野:小説は趣味として6~7年ほど前からほそぼそと書いていたんですが、ちょっと腕試しをしたくなったんです。立ち寄った磐田の図書館で伊豆文学賞のチラシを見て挑戦してみようと。地元を舞台に書いてみたかったので、この文学賞のニーズにも合うと思いました。
-受賞の知らせがあった時は、どんな気持ちでしたか。
天野:もちろん賞を取るつもりで頑張って書きましたが、本当に取れるとは思っていませんでした。選考の日、磐田のカフェにいたんですが、知らない番号から電話がかかってきて。いつもだったらそういう電話は取らないんですが、もしかしてと思って取ったら受賞の連絡でした。多分、最初の「もしもし」はとても硬い表情だったと思います。本当にびっくりしました。
-事務局の固定電話ではなく、担当者の携帯電話からの連絡だったようですね。
天野:そのようです。最初の電話のやりとりは舞い上がってしまっていて、よく覚えていなかったんです。それで、電話を切ってからもう一度かけ直したんですよ。「優秀賞ですか?最優秀賞ですか?どちらだったんでしょう」って。改めて「最優秀賞ですよ。一番上の賞です」と言われました。それぐらい寝耳に水のお話だったんですね。カフェから家に帰って、ようやくうれしい気持ちがこみ上げてきました。
-小説は趣味で書いていたということですが、今回の「ふたりひょっとこ」も以前から温めていたものだったんでしょうか。
天野:何となく頭の中にアイデアはありました。こういうテーマで書いてみたいなというのはあったんですが、実際に書き始めたのは(伊豆文学賞の)告知を見てからです。
-選考委員の皆さんがいろいろコメントしていますね。村松友視さんは「囃子太鼓のリズムをはらむ、小気味よい最優秀賞」、太田治子さんは「地域のおはやしの練習の中の心のふれあいが、時に濃密に深く突き刺さるように描かれて」いると評しました。諸田玲子さんは「熱量に圧倒された」とおっしゃっています。こうした選評をどう受け止めましたか。
天野:諸田先生の講評は受賞結果が発表されたウェブページにあったので、うれしくて何回も読み込んでいました。村松先生と太田先生の評は、(3月8日に熱海市で行われた)授賞式で初めてうかがいました。作品は「私はこういう人間で、こんなふうに物語を考え、書いています」といった自己紹介のようなもの。それを「好きですよ」と言ってもらって、大きな自信になりました。認めてもらえたという気持ちが一番大きかったです。
「田舎のいいところ」を強調
-「ふたりひょっとこ」には小学校 5年生の男の子、利人(りひと)と徳丸(とくまる)が主要な登場人物として物語を回していきます。磐田市の地域の秋祭りのひょっとこ踊りのための練習を重ねる中で、双方向の信頼が生まれていく。その様子が生き生きと描かれていますね。徐々に徐々に、といった感じの信頼の高まりがとてもよく伝わります。こうした話の出発点はどこにありますか。天野:男の子 2人の物語ではありますが、主に描きたかったのはお祭りの雰囲気なんです。これが第一。私の子供が出ている地元のお祭りが題材になっています。長男は「ひょっとこ」を踊っていて、長女も女の子の踊りのおかめ踊りに参加しています。特に長女の姿ですね。練習に行った時の若衆と子どもたちの気の置けないやり取りや、学校とはちょっと違う子ども同士の交流。夕方から夜の時間って、ちょっとテンションが違いますよね。その感じが見ていて気持ちいいなと思ったんです。利人、徳丸のキャラクターには、そうしたものが落とし込まれています。
-磐田で一番有名なのは見付天神の裸祭りですね。各地に祭りがあったとしても、外部から見物客がたくさん集まるわけではない。「ふたりひょっとこ」の祭りも「国指定の重要無形民俗文化財と比べてしまえば特徴に欠ける」と書いています。ただ、祭りは規模の大小が全てではない。この作品からは、地域の皆さんで作り上げる、本当に皆さんが大事にしている祭りであることがよく伝わってきます。
天野:地元の祭りにかなり近いところがあります。男の子二人だけでなく、周りにいる人間も、特定のモデルがいるわけではなく、いろんな人のいいところを引っ張ってきて作り上げています。
-人と人の温かいつながりが感じられますね。
天野:いろんな小説で「田舎の煩わしさ」ばかりクローズアップされている気がします。だから、田舎ってこんないいところもあるんだよ、と強調したいという思いもありました。
-静岡県の各地に、こうやって運営されている昔ながら祭りが今もあるんだな、という頼もしさのようなものを感じます。「かつてあったこと」という感じが全然しない。「今、行われていること」という点をかなり意識して書いている印象があります。
天野:いろんな人に読んでもらいたいと思って。昔の話になってしまうと取っつきにくくなります。今の若い人は、自分の子供たちを見ても思うんですけど、 2分もないような短い動画を見るわけです。そういう娯楽に触れているので、ゆっくり本を読む、ゆっくりお話に触れる機会がとても少ない印象です。だから、お話の良さに気づいてもらうにはなるべく軽い文体にして、軽い気持ちで手に取ってもらう必要があると思いました。
-ひょっとこ踊りの稽古に動画を使う場面があります。こういう描写があると、昨日今日起こっている出来事という印象が強まります。「かつてあった懐かしい話」に陥らない。工夫されていると感じました。
天野:そのあたりは半分、記録みたいなものですね。ひょっとこ踊りを題材にしたのですが、人によって踊り方が全然違うんです。大人はもちろん、小学校に上がる前の子も踊る場合がある。一人一人、踊りの雰囲気が違って、そこが面白いなと思います。同じ伝え方をしても、それぞれ踊り方が変わる。そんな点も魅力です。
教育の現場から生まれたキャラクターたち
-利人と徳丸の人物造形について、うかがいます。対照的な二人ですよね。利人はコミュニケーション能力が長けていて、少年らしい好奇心に満ちた人物。一方、徳丸は自分のすべきことを静かに深めていくタイプ。社交的ではないけれど、友だちと「熱」を分け合いたいという気持ちは強くある。もしかすると交わらないかもしれないこの二人が、秋祭りを機に距離を詰めていく。王道的なストーリーではありますが、この作品でしか得られない感動があります。二人のキャラクターはどう形作られていったのですか。天野:私、読書も好きですが、映画を見るのも好きなんです。物語的な掛け合いは自分の中で映像として浮かんだものを小説に落とし込んでいます。子供の描写については、自分の仕事が関係していると思います。
-どんなお仕事ですか。
天野:長く幼児教育の仕事をしています。10年以上勤めているので、見てきた子どもの数は1000人を超えています。
-題材には事欠かない環境ですね。
天野:子供と接していると、心の機微がよくわかるんですよね。例えば、けんかしていた二人がちょっとしたきっかけで仲良くなって、互いを認め合いながら育っていく。そんな関係が5歳ぐらいになると見えてきます。(利人と徳丸の関係は)そうした、今まで見てきた子どもたちがモデルになっているのでしょう。
-大人になると忘れがちな、子ども二人の「自分が好きなことを高めよう」という熱量がすごく眩しいですね。「高め合う」力の強さが物語を引っ張り、クライマックスに向かって走っていきます。どんなことを留意して書いていたのですか。
天野:子どもの描写は子どもの中にあると思いますが、根っこのところは自分なんですよね。小説を書くという作業もそうなんですが、自分の好きなことを突き詰める、一人で黙々と練り上げるというのは、徳丸君の芯の部分にちょっと似ているように思います。
-祭りの練習に来る子にもいろいろいて、熱量に濃淡がありますね。
天野:一生懸命な子の一方、友だちがやっているからなんとなく、という子もいる。そんな中で徳丸君は自分の信念を曲げないでいるから、ちょっと孤独だったりもします。そこに賛同して一緒にやってくれる子がいるといいなという思いで、もう一人作り上げました。それが利人君です。
-徳丸は自分の到達点を定めて、そこに向かっていく。周りを巻き込むことはあんまりせず、自分を磨いていくタイプですね。
天野:そうですね。だから、自分の話をすれば、周りを気にする気持ちもやっぱりあるんです。徳丸君になりきれない部分。その「なりきれない部分」を利人くんに担当してもらっています。
-周りの大人の方々も味わい深いですね。
天野:実際の祭りでも、若衆の中にはグイグイ行く、みんなを引っ張っていく人もいれば、一歩引いて「あの人、ああ言っているけれど、大丈夫だよ」とフォローする役の人もいる。いろんなタイプの人がいて、祭りがうまく回っているんです。
-天野さんが実際にご覧になっている風景なんですね。
天野:踊りの練習場でしか会わない人、何を仕事にしているのかわからない人もいますね。(名字ではなく)下の名前しか知らない、あだ名しか知らない人もいる。不思議な関係なんです。祭りだけで繋がっているけれど、祭りの間はものすごい深い絆で結ばれている。距離感も人によっていろいろ。そんな雰囲気を出したくていろんな大人を登場させました。
何でもない人のドラマに目を向ける
-天野さんは小説を読む立場としては、どんなジャンル、どんな作家がお好きなんですか。天野:割と手広く読んでいますが、根底には重松清さんがいると思います。人を温かく書くのが素敵だとずっと思っていますが、物語としては「みんな仲良くなりました、めでたしめでたし」とはならないことが多い。
-ビターな話が多いですよね。
天野:そうそう。でも、うまくいかなかったとしても、そこに希望があるように感じられるのが私はすごく好きで。重松さんの話は、人間くさいんですよね。
-他に影響を受けた作家はいますか。
天野:最近は朝井リョウさんですね。「チア男子!!」辺りからでしょうか。エッセーがすごく好きなんです。日常のとてもくだらない話がいいですね。「正欲」「生殖記」といったドカンと重い話との振り幅が本当に魅力的です。
-天野さんは伊豆文学賞で非常に高い評価を得ました。今後はどんな作品を書いていきますか。
天野: SFだったり、ミステリーだったり、いろいろ読むんですが、自分が書くとなるとマクロの話ではなく、ミクロの話だろうと思っています。子どもの頃からの癖なんですが、旅に出かけた時に、テーマパークより、車窓から見る風景にフォーカスが行くんですよね。洗濯物を干している人を見て「今日はこの人、どういうスケジュールで過ごすんだろうな」とか、思いを巡らせてしまいます。
-とても作家らしい思考ですね。
天野:そこにいる人、そこで働いている人に目が行くんですよね。世の中って、有名な人ではなくて、どこにでもいる普通の人で回っている。だから、何でもない人の何でもないドラマに目を向けていきたいです。大事に書いていきます。
〈第30回伊豆文学賞の募集開始〉
県などは第30回伊豆文学賞の作品を募集している。掌編部門は9月16日まで、小説・随筆・紀行文部門は同30日まで。
伊豆をはじめとした県内の自然、地名、行事、人物、歴史などを題材にした未発表作品を募る。400字詰めの原稿用紙換算で、小説は30~80枚程度、随筆・紀行文は20~40枚程度、掌編は3~5枚以内を規定とする。作者の年齢や国籍、居住地は問わない。
直木賞作家の村松友視さんらが審査員を務める。「小説―」部門の最優秀賞には賞金100万円、掌編部門の最優秀賞には賞金5万円を贈る。結果発表は2027年1月を予定。
問い合わせは伊豆文学フェスティバル実行委員会事務局の県文化政策課<電054(221)3109>へ。







































































