
この本は大きく二つ、特筆すべき事項がある。一つは朝日新聞における「挿画付き小説」の最後の作品であること。もう一つは、作家の個人事務所が版元となって新聞連載の挿画集を出したということだ。
連載は2022年8月15日に始まり、2024年3月31日に幕を閉じた。画集には連載に添えた576点を全て収録している。県内では今年1月に藤枝市のアートカゲヤマ画廊で開いた個展で一部を展示していた。思いがけず画集という形で再会を果たした。
連載に費やした1年7カ月という時間の重み、一つ一つに血が通った500点超の挿画のボリュームに圧倒される。日本画由来の繊細極まりない線と、水彩絵の具の美しいにじみが印象的だ。時系列で作品を追うと、前例踏襲には決して陥るまいとする北村さんの固い意志がひしひしと伝わってくる。徹頭徹尾、チャレンジしている。

特に輪郭線の多様さは目を見張る。一部はペンで書いていると思われるが、下あごや鼻筋、上腕などを形づくる筆線のバリエーションの豊かさは、同じ絵を何度も描くことを潔しとしない、画家の矜持のあらわれに思える。
楠木正成の嫡男正行を主人公に据えた「人よ、花よ、」は、画集の巻末で今村さんが書いているように「南北朝第二世代」の物語であり、登場人物の多くは10代後半から20代前半である。戦が続く時代だけに、挿画から若さや甘さは感じられない。だが、画集を通読すると、さわやかな後味がある。色使いゆえなのか、時折差し挟まれるユーモラスな表情ゆえなのか。
出版の経緯も含め、今村さんと北村さんの固い絆が感じられる一冊である。
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