上村敏正監督は「〝あの経験〟があって今回がある。あれがあっての甲子園だったから、『聖隷やっと出られたね』と喜んでくれる人がいた」と、約3年半前に思いをはせた。
今夏、静岡大会を制し、甲子園初出場を決めて喜ぶ聖隷クリストファーナイン
「あの経験」とは、2021年秋の東海大会で準優勝したものの、春の選抜大会の東海地区代表に選ばれず、選考方法を巡って全国に波紋を広げた出来事だ。首都大学リーグで活躍
当時のチームで主将を務めた弓達寛之投手は武蔵大に、遊撃手の赤尾大翔選手は城西大に進み、ともに首都大学1部リーグでしのぎを削っている。それぞれ3年生になり、赤尾選手は遊撃手のスタメン争いに加わり、弓達投手は抑えとしての地位を築いている。
今秋のリーグ戦で顔を合わせた弓達投手(左)と赤尾選手
「間違ってなかった」
10月末のリーグ戦終盤、直接対決で顔を合わせた2人は「後輩たちが優勝して、自分たちの野球が正しかったことを証明してくれた。やってきたことは間違ってなかったんだと。うれしかった」と、声をそろえた。自分のことのように
赤尾選手は「(今夏の)静岡大会は初戦から決勝まで携帯(配信)で全部の試合見てましたよ。(自分の)練習と重なって球場には行けなかったですけど」と切り出した。
「自分がやっているかのように、めちゃくちゃ震えました。すごいうれしかったです。正直、あの落選で自分たちのやってきたことを、大げさに言ったら否定されたというか。それを後輩たちが優勝という形で、自分たちの野球は正しかったというのを伝えてくれたのかな、と」
仲間の頑張りが刺激に
城西大では今秋のプロ野球ドラフト会議で2人が指名されるなど、レベルの高い選手と競い合いながら、出番を勝ち取ってきた。「今季(3年秋季)初めて、試合に携わる機会をもらえました。ここまでめげずにできたのは、弓達が試合で投げているのを見ていて、刺激になったんだと思います。いい結果を残して、母校にも、上村先生にもいい報告ができたらなと思ってます」
あの野球が全国で
弓達投手も今夏、後輩の試合結果を気に掛けていた。「春良かったと聞いていたので、夏はもしかしたらやってくれるんじゃないかなと思っていました。(後輩の夏の甲子園出場は)素直にうれしいです。いろいろあったけれど、あの野球をつくった上村先生が、あの野球で全国に通用すると証明できたことがうれしい」
このまま終われない
弓達投手は高2の秋、エースとしてチームを県大会準優勝に導いた後、ひじを痛めて戦線離脱。準優勝した秋の東海大会は仲間のバックアップに回った。3年春の練習試合で復帰したものの、静岡大会を前に右肘の手術に踏み切り、最後の夏もマウンドに立つことはなかった。
高2の秋、エースとしてチームを県大会準優勝に導いた弓達投手
「このままで野球人生終われないなと感じていました。最後の夏はベスト4で終わってしまった。チームとしては悔しいけれど、自分自身はあれで終わったわけじゃないと」野球ができる喜び
野球を続けるために、高3の冬はリハビリに費やし、大学入学後に遠投、ブルペンでの投球ができるようになった。「痛みがないのが新鮮でした。野球ができるうれしさを感じましたね」
リーグ戦優勝争い
大学2年春からリーグ戦に出始め、3年春に抑えに定着。チームは今秋のリーグ戦で、東海大や日体大といった難敵から勝ち点を挙げ、優勝争いに絡んだ。「今シーズン、ここまでできたという自信があるので、来季もそれができたらと思います。(4年生では)先発をやりたいです。そして、優勝したいですね」
「聖隷」の看板
今でも「聖隷」の看板を背負っているという意識がある。「ああいう大きい出来事があったので、誰かに見られているという自覚はあります。最後までやり切らないとと思っています。ああいう形で話題になったことは、うれしいことじゃないけれど、今でも忘れずに気に掛けてくださっている人がいること、チーム(聖隷)が応援されることはうれしいです。頑張らないと、という糧になります」
目立たなかった中学時代
兵庫県出身の弓達投手は、兄の影響で幼少時に野球を始めた。中学硬式の神戸西リトルシニアでは特段、目立つ選手ではなかったという。
「周りにすごい選手がたくさんいて、自分は全然たいした選手じゃなかった。だから(聖隷に)拾ってもらったという感じです」
考える野球
中学で基礎、体力を身に付け、高校では上村監督のもと〝野球脳〟を鍛えた。「チームプレーと言うと簡単に聞こえるかも知れませんが、チームで勝つということ。個々の能力だけじゃなくて、いろんな部分で戦えるんだということを学びました。練習に対して、一つ一つ意味を持つよう考えながらやること。こなすだけでなく、どうしたらどうなるか、という試行錯誤をすることが習慣化しました。正直、今も胸を張って上村先生の野球が全部分かってますとは言えないですが、3年間、自分の学年の中では一番考えてきた自信はあるんです」
2021年秋、東海大会準決勝でサヨナラ勝ちし、喜ぶ聖隷ナイン
やるべきことは変わらない
「大人になって、自分がどれだけ年を取ったとしても、(選抜落選の理由は)理解できないと思います」選抜落選後、夏に向かう中で主将として、難しいかじ取りを強いられた。
個々のモチベーション、チームの方向性をどう導いたらいいのか。
世間の目も重圧になった。
2022年1月、選抜落選の報を受け止める聖隷ナイン
「あの野球でしか、僕らは勝てない。細かいところにこだわってやって、能力の高いチームに勝っていく。『個々の能力(で相手が上)』と言われたけれど、正直、能力は変えられない。自分たちは間違ってないということを絶対に見せてやろう、と。悔しいとか、理解できないとか、いろいろ話はしました。ただ、みんな同じ気持ちだったので(選手同士で)ぶつかり合うことはなかったです。『やるべきことは変わらない。やるしかない』という点で最後は一致しましたね」久しぶりに母校へ
年末には母校を訪ねるつもりだ。甲子園初出場を果たしてくれた後輩に、感謝と激励の言葉を伝えようと思っている。
今夏の甲子園で初勝利を挙げた聖隷ナイン
「夏の甲子園は(自分の)練習があって応援に行けてないんです。後輩たちには頑張ってほしいですし、(監督には)自分のリーグ戦の報告もしないと」久しぶりに、明るい話題に花が咲きそうだ。
(編集局ニュースセンター・結城啓子)
【聖隷クリストファーの選抜落選問題】
2021年秋、聖隷クリストファーはバッテリーを中心とした堅守と、小技と走塁を絡めた緻密な野球で県大会準優勝。弓達投手は地区、県大会の全7試合に先発した。弓達投手をけがで欠いた東海大会は、エース頼みから脱却し、総力戦で準優勝を果たした。だが第94回選抜高校野球大会の出場32校には選ばれなかった。東海大会の決勝進出校の落選は1978年以来44年ぶり。ただ、この時は優勝校が不祥事により出場を辞退したという異例の年だった。さらに選考委が「個々の能力、特に投手力で(東海大会4強で選ばれた大垣日大の方が)上。甲子園で勝つ可能性がある」と説明。「チーム力より個々の能力」を重視するかのような選考理由に対し、全国的な議論が巻き起こった。






































































