【「文芸静岡」第95号】同人57人が「好きな映画」を語る。200字で光る、表現の妙

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡県文学連盟発行「文芸静岡」第95号を題材に。

特集「私が愛した映画」が楽しい。俳句、短歌、詩、創作の4部門の同人57人が、それぞれの好きな映画を上限200文字で紹介している。

自分が鑑賞した映画を第三者に理解できるように説明する、というと作業は案外難しいものである。筋書きを説明しているうちにあっという間に紙幅が尽きてしまう、という経験を何度したことか。

いかに丁寧な筋書き説明ができても、自分の見解をシャープかつ論理的に述べていなければ、平板のそしりを免れない。筆者はこのバランスにいつも、四苦八苦している。「文芸静岡」の今回の特集には、その点をきわめてスマートにまとめている原稿がいくつかあって、感銘を受けた。

個人的に随一だと感じたのは「詩」部門の斉藤春子さん。「楢山節考」が題材で、筆者は未見だが、そんな人間にも響く臨場感がある。引用させていただく。

 映画「楢山節考」は衝撃的な作品だった。楢山行きに備えおりんばあさんは、何度も石臼に歯をぶつけて自ら前歯を欠く。老婆の死への覚悟は、すさまじいものだ。家族を守れる食料の限界。そこに生まれる生の限界。老婆は厳しい生活の中から、自分の生も自然界のほんの一部だということを学びとっていた。おりんばあさんの山行きの日に山の神の祝福の雪が降る。白い雪景色の中、息子に帰れと静かに手を振る。その後景がいつまでも私の脳裡から離れない。

「ビヨンド・サイレンス」について書いた窪田由佳子さんの文章にも引き込まれた。ろう者の家族に囲まれた少女がクラリネット奏者の道を志すストーリーを簡潔に説明し、映画全体のテーマを過不足なく指し示していた。ぜひ見てみたい。

「銀河鉄道の父」を題材にした君山宇多子さんも秀逸。この映画を楽しく鑑賞した筆者にとっても、一つ一つの解釈や論考は合点が行くものだった。短い文章の中に、深い探求が感じられた。

いかにも文学者的なアウトロー精神が輝いていたのが桜井仁さん。「生まれてから今日まで、映画を観た経験はほとんどない」という書き出し、画像、映像を全ての「虚像」と切って捨てる潔さに、「文人」としての矜持を感じ取った。

(は)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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