語り:春風亭昇太

缶詰の生産量日本一を誇る静岡県。中でも清水港の周辺には、多くの缶詰工場が集まっています。
清水の缶詰製造の歴史は、清水港が貿易港として発展しつつあった昭和初期に始まります。
静岡県水産試験場に勤務していた村上芳雄は、 焼津水産学校でマグロの油漬け缶詰の製造に取り組みました。
原料としたのは、当時清水の近海で大量に獲れていた ビンナガマグロ。赤身のマグロが人気があったこの時代に あまり食べられることがなかったビンナガマグロを 缶詰に加工してアメリカへ輸出しようと考えたのです。
試作品がアメリカで高く評価されたことから村上は清水の廻船問屋・鈴与商店の社長であった6代目鈴木与平の力を借りて、 大量生産のための缶詰会社を立ち上げました。
缶詰は新たな貿易品として清水港の躍進に寄与するだけでなく、世界恐慌で生まれた多くの失業者に働く場所を提供することも 期待されたといいます。
村上の技術指導によって製品化されたマグロ缶詰は、昭和5年に初めてアメリカに輸出され大変な人気となりました。
そののち村上は缶詰製造の技術を惜しむことなく広め、清水港を中心に缶詰会社が次々と設立されました。
現在も、国産のマグロ油漬け缶詰の9割以上が 静岡県で生産されています。
清水港湾博物館、愛称フェルケール博物館の中にある缶詰記念館。日本で初めてマグロ油漬け缶詰を製造した清水食品の創立当時の本社社屋がここに移築され、 缶詰のまちの歴史を今に伝えています。
静岡市歴史めぐり まち噺し 今日のお噺しはこれにて。