
(山田)きょうのトピックスは新幹線にまつわる話題です。リニア中央新幹線が開通すると、静岡県内に新幹線が止まる回数が増える?という話ですね。
(市川)JR東海が整備を進めているリニアは2027年に品川ー名古屋間で先行開業し、2037年に品川ー大阪間の全線で開業するという計画が公表されています。
これに関連し、国土交通省は10月20日、JR東海のリニア中央新幹線が品川―大阪間で全線開業した場合、東海道新幹線の県内6駅に停車する列車本数を現状の約1.5倍に増やせる可能性があるという調査結果を発表しました。少し分かりにくい話でもあるので解説をさせていただきたいなと思って取り上げました。
(山田)お願いします。
(市川)まず今、リニアの工事がどうなっているのかをおさらいします。工事は順調ではありません。静岡県内の南アルプスにトンネルを掘る計画があり、トンネルの掘削によって、南アルプスの下流に位置する大井川の水量が減少することがシミュレーションで明らかになっていて、これが大問題になっているんです。静岡工区の工事が始まる目処も立っていません。
2027年の品川ー名古屋部分開業については、JR東海も「困難」という言い方をしていて、事実上断念しているのですが、新たな開業時期を示すことすらできない状態が続いています。リニアを推進する立場である国が「リニアが開業したら静岡県にもメリットがありますよ」と言っているのが、今回の調査結果です。
川勝平太県知事は10月10日の定例記者会見で、リニア工事に絡むJR東海との交渉の進捗状況について、富士登山に例えて「1合目よりは進んだ」と述べたんですね。要は全然進んでいないという認識なんです。
(山田)まだそんな段階なんですね。
透けて見える国の思惑
(市川)JR東海は大井川の流量減少の対策として、さまざまな策を提示していますが、1滴の水も減らさないという静岡県の高いハードルをクリアするのはなかなか難しい。工事に伴う残土置き場の問題など、大井川の水問題以外にも課題は山積している、というのが静岡県の立場です。そんな状況を打開したい考えが透けて見えるのが、今回の国交省の調査です。新幹線の停車駅が増えることに、なんの意味があるのか、と思う人もいるかと思いますが、これは実は長年の静岡県の悲願なんです。のぞみが停車しないのはもちろん、ひかりだって1時間に1本しか停まらない。静岡駅で待っていると何本ものぞみが通過していきますよね。
静岡駅の新幹線の停車本数は現在、1時間に3本なんですが、今回の調査によると、リニアが開通すれば、1.5倍の5本になるということです。
(山田)それは嬉しいですね。
(市川)計算すると、20分に1本が12分に1本になります。僕はこれを聞いて「すごいな」とはならなかったんですが、どうでしょうか。
(山田)僕は結構新幹線を使うので嬉しいですね。
経済効果も日本シリーズと比べると…
(市川)今回の調査では、新幹線の停車本数が増えると、観光客が増えて、雇用も生まれ、10年間で静岡県に1679億円の経済効果があるということも発表されました。ちなみに、プロ野球の日本シリーズは阪神とオリックスの関西対決になりました。関西対決は南海ー阪神以来、59年ぶりなんですが、関西大学の宮本勝浩教授の試算では、関西対決の経済効果は1449億円だそうです。日本シリーズ1回で1449億円と聞くと、10年で1679億円という数字がそんなに大きい効果なのかと感じてしまいます。
(山田)そうやって言われると、確かに。
(市川)ちなみに今回の国の試算は、2037年を目標にする品川大阪の全線開業時のもので、品川ー名古屋の先行開業でも停車本数は増えるものの、1.1倍から1.2倍という数字が示されています。
リニアが開通すると、なぜ、新幹線の停車本数が増えるのかという理屈についても説明します。リニアが開業すると、新幹線の利用者が3割減るという試算が出ています。3割の人が新幹線からリニアに移るという予測です。新幹線の利用者が3割減ると、普通なら本数を減らしそうなもんですが、国交省の調査では「輸送力に余裕が生じる」という言い方をしているんです。
どういうことかというと、リニアに移る利用者はのぞみを利用していた人が大半ですから、のぞみの本数が減るということです。のぞみが減れば、ひかりやこだまの本数を増やすことができる。つまり、静岡駅の停車本数が増える、という理屈です。
(山田)なるほど。
(市川)ただ、確かに理屈は成り立ちますが、お客さんがあまり乗っていないひかりやこだまをいっぱい走らせるという発想を営利目的の民間企業が実施するかは疑問が残ります。今回はあくまで国の調査で、実際にダイヤを決めるのはJR東海ですから、実現するかは微妙なところだと思います。
(山田)JR東海自体は何も言っていないんですか。
JR東海の発言は後退気味
(市川)このリニアと東海道新幹線の県内区間の停車本数の話はいつごろからあったのかと思い、過去の静岡新聞を調べてみると、2008年1月に当時のJR東海社長のインタビュー記事が出ていました。この記事で、当時の社長はリニアは「都市間の超高速の専用線」という位置づけになり、新幹線は「生活密着型路線」になり、役割分担をするとはっきり答えているんですね。「神奈川や静岡の停車を増やせば、静岡は東京の通勤圏になる」とも述べています。新幹線が生活密着型路線になるという構想を明らかにしてるんですよね。
(山田)そうなんですね。
(市川)この構想は、僕が三島支局にいた2013年から2016年ごろにもよく聞きました。三島は新幹線の駅がありますから、新幹線を通じた地域活性化に対する期待が大きいまちなんです。そのとき、三島の経済界からは「新幹線が鈍行に近づく」という話が盛んに語られていました。
リニアが開通すれば、新幹線の停車本数が増えることはもちろん、運賃も安くなって日常使いできると。これは魅力的な話だなと当時思いました。今は新幹線って日常使いするには運賃が高いですよね。たとえば、三島ー品川って、いま片道4070円なんです。これが半額ぐらいになれば利便性が上がり、日常使いという選択肢になってくる気がします。
ただ、2008年の社長インタビューでは結構、踏み込んだことを言っていたJR東海ですが、このあと、口が重くなっていきます。停車本数の増加について「可能性はある」という後退したような言い方をするようになりました。どのぐらい増えるのかという具体的な話は一切していません。川勝知事も、JR東海と停車本数を増やすという「約束をしたことはない」と明言しています。
そうこうしているうちに、大井川の水問題をきっかけに、静岡県とJR東海は抜き差しならぬ関係になり、いまに至ります。そういった中で今回、国が露骨なニンジンを静岡県の前にぶら下げたというのが、今回のニュースのポイントです。
(山田)その話を聞くと、停車本数を増やすという話もどうなるかわかりませんね。
大井川の水問題と新幹線停車本数は無関係

(市川)そうなんですよ。さらに、停車本数を増やしたからといって水問題が解決するわけではないんですよ。
川勝知事は、大井川の水問題に関して条件闘争はしないと明言しています。リニア開業により、いかに静岡県にメリットがあったとしても、大井川の水と天秤にかけるわけにはいかない、と。当然の話ですよね。こういう川勝知事の姿勢が評価され、2年前の知事選では4選を果たしたと思っています。
では、国はなぜこんな露骨なニンジンをぶら下げたのか。やはり世論を動かそうとしているんだと思います。開発行為って、科学的に解決しなければいけない部分と、政治的に解決しなければいけない部分が両方あるんですよ。
「ゼロリスク」って言葉がありますけれど、環境を1ミリも破壊しない開発行為なんていうものはほとんどないと思います。そこはメリットとデメリットを天秤にかけて、もちろん対策をしながらですが、ある程度の環境破壊を受け入れ、開発によるメリットを享受する。その天秤のさじ加減をするのが政治です。
ゼロリスクを求めているようにも見える川勝知事の姿勢のままでは、リニア工事は進捗しそうもない。となれば、メリットをこうやって国が広く示すことで、リスクはあるかもしれないけれど、リニアの工事を進めようと多くの県民が思えば、川勝知事の姿勢が変わるかもしれない。変わらなければ、2年後には知事選がありますから、それが大きな争点になれば、リニア推進の知事が誕生するかもしれない。そんな国の思惑や政治の臭いがプンプンする調査だなと思いました。
(山田)そのためのニンジンなわけですね。
(市川)JR東海がまずやるべきことは水問題の解決でしょうね。JR東海がニンジンをぶら下げたらいやらしいじゃないですか。だから国がこういった調査結果を出すことになったんでしょうね。
(山田)僕は個人的には静岡県内の駅に新幹線の停車本数が増えるのはありがたいですが、問題はそこではないということもありますね。今日の勉強はこれでおしまい!