
(山田)スポーツの秋ということで、今日は鹿児島で行われている国体の話題ですね。
(寺田)「燃ゆる感動かごしま国体」が10月7日から開かれていて、静岡新聞の紙面でも県勢の活躍をお伝えしています。国体は二つの時期に分かれてやっていて、前半は9月に水泳、体操、レスリング、ゴルフなどが行われました。本県関係者は150人くらい参加して、私は水泳を中心に鹿児島で取材をしてきました。
国内最大の総合スポーツ大会、来年からは名称変更
(寺田)「国体」は今年で最後ということをご存知ですか。(山田)ちょっと驚きなんですが。国体が今年最後!?
(寺田)国体は正式名称は国民体育大会というんですが、来年の佐賀大会から「国民スポーツ大会」に名前が変わるんです。略称は来年から「国スポ」になります。
国民体育大会は国内最大の総合スポーツ大会で、競技結果を点数化して、都道府県単位で争ってきました。会場も都道府県が持ち回りで、静岡県では1957年と2003年に開催しました。2003年は2度目だったので「NEW!!わかふじ国体」って言ったんですよね。
元々は、国民の体力向上や地方のスポーツ振興の文化発展が目的だったのですが、実は2018年に法改正を行い、単なる名称変更ではなくて、目的も変わりました。50年前の「スポーツ振興法」を全面的に改正し、「スポーツ基本法」ができたんですね。
スポーツ基本法の前文の書き出しは、「スポーツは世界共通の人類の文化である」。単なる体力向上ということではなく、国の方針として、スポーツの価値を世界の人と分かち合おう、という大きな意味が込められています。
「国スポ」の役割とは

(寺田)「国スポ」自体も、役割の変化が求められています。戦後すぐは、スタジアムやプールなどのスポーツ施設が地方にはなかったので、国体がそういうものを整備する機会になったんですね。
ある地方に行った時にタクシーに乗ったら、「国体道路だ」って運転手さんが言っていました。国体は大勢の方が集まるので、施設だけではなく交通網も整備したんです。
(山田)そうなんですね。
(寺田)ただ、都道府県の持ち回りで、もう2巡目の後半なんですよね。そうすると、スポーツ施設の整備は大体進んでいますから、国スポのためだけに新しい施設を作らないところが増えていくと思います。
(山田)なるほど、そういった意味でも役割が変わってきてると。
(寺田)昔は、開催県が天皇杯を絶対獲得しなきゃいけないっていう“至上命令”があったのをご存知ですか。普通に考えれば東京が圧倒的に強いので、静岡をはじめとした各県は助っ人を呼んでいたんです。「移入選手」って言ったりして。国体前に開催県や競技団体などが就職などをあっせんする形で選手を引き入れて、国体が終わって契約を終えるっていう事例がどこにでもあったんですね。
川根本町は静岡国体を契機としたカヌーによるまちづくりが知られていますが、川根本町のように移入選手を受け入れて定着している事例はごく少数。国体で好成績を残しても、国体が終わったら(その選手と)バイバイってことになっちゃうと、なかなか文化として根付かない。
大切なのは、勝ち負けだけではなく、スポーツ文化としての価値をみんなで共有することだと思います。助っ人を呼ぶだけではそういうことは 難しく、考え方を変えていく必要があります。
国体選手は後輩の憧れ
(寺田)静岡の国体の代表ジャージ、何色かご存知ですか?(山田)分かりますよ(笑)。2003年静岡国体の時、自分は学生でしたから、バスケ部のやつは見てます。オレンジです。
(寺田)これ、実は違うんですよ。オレンジ旋風とか言ったりして、オレンジって定着してるんですけど、厳密に言うと山吹色だそうです。エスパルスのカラーと、県の国体のジャージって違いますよね、もうちょっとオレンジが薄い。
元々は、県旗の色から取ってるんじゃないかと思うんですけどね。県のホームページを見るとオレンジは県民の情熱とか団結、陽光を表してるそうです。
この間、国内の一流選手から小学生までが出場する競泳の「静岡招待スプリント大会」があったんですが、ここでも、国体のメンバーで山吹色のジャージを着てくる選手が結構多かったんですよね。水泳やってる子どもたちにとっては、昔からそれを見ているので、憧れになっているようです。
(山田)僕にとっても、バスケ部のオレンジのジャージは格好良かった。
(寺田)国体は都道府県単位の運動会と言えます。オリンピックの選手と中高生が一緒に練習して、期間中も同じ宿に泊まって、同じ釜の飯を食べるという機会ってなかなかないんですよ。
例えば、今回の国体で、東京五輪に出場した競泳の高橋航太郎選手が、午前中に100m自由形でまさかの予選落ちをしました。でも、午後の200メートルのリレーではしっかり修正してタイムを出して、県記録を更新したんですね。聞いたら「陸上トレーニングと水中でのアップで、ひとかきの出力を上げた」と。
お昼を挟んだ短い時間で問題点を見つけて的確な方法で修正する。決勝までの間のメンタルコントロール。こうした姿は後輩のお手本になってるんですよね。
(山田)トップクラスの選手が静岡県代表で国体に出てくれると、若い選手たちが身近で学べますよね。
(寺田)オリンピアンの一流選手から中高生が直接学ぶことができるんですよ。最初に話した望月選手も、「自分のためだけじゃなく、支えてくれた人たちのために感謝の気持ちを持って戦う大会なんだ」って言っていますね。こうした思いが、スポーツ王国静岡の源になってるんだと思います。国体から名前が変わっても、その精神は変わらないので継承していってほしいなと思うんです。
運営の形は時代に合わせて変えていく
(寺田)ただ、運営の形は、時代に合わせて最適化が必要です。今は議論の途中なんですが、開催地を持ち回りじゃなくて立候補制にする、すでに高校生のインターハイで実施しているように複数の都道府県で広域開催して施設を融通し合う、といった方法もあると思います。単に、国スポというイベントとして成功させるだけではなく、中長期的なまちづくり計画のもとに、スポーツ施設の充実を図ってほしいですね。生活の中にスポーツが当たり前のようにあり、相手を敬うスポーツマンシップや健康づくりに重きを置く社会が広がってほしいなと思います。
スポーツの価値は、体を鍛え、技を磨くだけではない。社会を支える基盤じゃないかなと思いますね。
(山田)国体から国スポへ変わるということで、皆さん、静岡県勢も注目してみてください。今日の勉強はこれでおしまい!
