
(橋本)牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で河本千奈ちゃんが送迎バスに置き去りにされ熱中症で亡くなった痛ましい事件は、9月5日で1年を迎えました。節目の日なので今回はこの件を取り上げることにしました。
(山田)いろいろお話を伺っていこうと思います。
(橋本)全国に衝撃を与え、再発防止のために国が送迎バスに安全装置の設置を義務付けるよう制度を変更する契機にもなった事件です。静岡新聞も発生直後から手厚く報じてきました。半年後のことし3月からは「届かぬ声 子どもの現場は今」というキャンペーンを展開し、序章から第5章まで全28回。事件の経緯や背景、保育の現場の問題点などを取り上げ、4ヵ月かけて連載しました。発生から1年に合わせて今月も新たに3回の連載を掲載しました。
担当記者が千奈ちゃんの詳細綴ったわけ
(山田)連載では事件についてかなり深く掘り下げていましたね。(橋本)第1章の全5回はご遺族から提供いただいた千奈ちゃんの写真を載せて1面のトップで扱いました。それは現場で取材している記者の強い思いがあってのことです。
担当記者は「1人の子供の命が理不尽に奪われた現実を、より多くの人に自分ごととして捉えてもらうために、千奈ちゃんの誕生の瞬間から亡くなった日の出来事までを詳細に綴った」と振り返っています。苦しんでいらっしゃる中で取材に応じていただいたご遺族の方にも感謝してもしきれないという思いがあります。
(山田)このキャンペーンを通じていろいろとわかってきたことがあるということですね。
(橋本)はい。川崎幼稚園の安全確認のあり方に大きな穴があったということが明らかになりましたし、その背景には保育現場の人手不足、保育士さんの待遇面の問題もありました。人手が不足しているため仕事の量が多くなり、休憩もなかなか取れないという状況がある一方で、給与はそれほど高くないという実情があります。
そういうことが事件に繋がったという側面もあるのではないかと思い、そこを掘り下げて保育に携わる人から話を聞くこともしました。
(山田)やはりそこが関わっていると思わざるを得ないですね。
(橋本)キャンペーンをやってる最中に、県の東部の保育所で園長のパワハラが発覚しました。その件についてもキャンペーン中で取り上げたんですが、「うちでも同じようなことがある」という反響をたくさんいただきました。
(山田)そして千奈ちゃんのことですけども。
(橋本)何の罪もない小さなお子さんが輝く未来を奪われてしまった。事件に対する責任については昨年12月、当日バスを運転していた運営法人の前理事長兼園長や同乗していた職員ら4名が静岡地検に書類送検され、捜査が続いている状況です。
(山田)まだその段階なんですね。
(橋本)どの人にどれだけの責任があるのかというのを明確にするのに時間がかかってるんじゃないかと思います。
併せて原因究明と再発防止を検討する第三者委員会が設けられ、今月中に報告書を出す予定で調査を続けてきました。ですが、調査するごとに新しい課題が浮かんでくるということでそちらももう少し時間がかかりそうです。
(山田)そうなんですね。
(橋本)いずれにしてもお子さんの命がかかっていることなので、調査を尽くし、責任を明確にして再発防止策を確立してもらいたいですね。
大前提は人による確認の徹底だ

(山田)先ほどお話にありましたけど、この事件をきっかけに国が義務付けた安全装置というのもありますもんね。
(橋本)送迎バスへの安全装置の設置は4月に義務化されましたが、1年間のうちに実施するという経過期間があります。少し古いデータですが、国が6月末時点で調査した設置状況は全国で55%、県内で62%でした。その後に設置した施設もたくさんあると思います。
(山田)この数字は6月末の時点ということですね。
(橋本)9月に入っても暑い日が続いていますよね。できるだけ早く付けてほしいなと思います。いずれにしても来年3月までには全ての対象施設が送迎バスに設置しなければなりません。
(山田)監視カメラをつけるなどより安全な対策をしてる園もあったりしますからね。
(橋本)機械はあくまでも人のミスをカバーするためのものです。基本はやはり人がまずは確認して置き去りにするようなことが絶対にないようにする。その体制を各施設がつくるということが大前提です。その上で、ヒューマンエラーが起きる可能性があるので、それをカバーするために機器を使うということなんじゃないかと思います。
保育の質の向上が必要
(山田)事件を1年間追ってきて見えてきたことをまとめるとどうなりますか。(橋本)社会情勢の変化に伴って、国や自治体を挙げて保育所の待機児童解消ということを進めてきてましたよね。川崎幼稚園もそうですけど、認定こども園という仕組みをつくり待機児童を減らすという目的は達成しつつあると思います。
一時期「保育園落ちた」という声が広まって社会問題になりましたけど、そういう状況は徐々に解消されつつあると思うんです。しかし、中身はどうなのか。子どもたちの受け入れ数を増やすための政策はやってきたけれども、子どもの安全は本当に担保できてるのか、守れてるのか、子ども1人1人に寄り添った保育ができてるのか、というところが問われていると思います。
先ほど申し上げたように保育士の待遇の問題などは、一体何年前から言われてるのか。まだ解決できてない状況だと思います。やはりここは本腰を入れて、保育の質を高めて子どもの命が確実に守られるようにする体制をつくっていくことが必要です。その責任が大人にはあるということを、1年の節目に皆さんにも気持ちを新たにしていただけたらなと思います。
(山田)僕も娘がまだ小さいので、ショックでこのニュースを途中で読めなくなってしまうこともありました。でも、いろいろ考えていかなければいけないことがたくさんあるなと思います。目を背けちゃ駄目ですね。改めて亡くなった千奈ちゃんのご冥福をお祈りいたします。