
JR静岡駅の北西、駅前からバスで約10分のところに位置する茶町。徳川家康が制定した駿府96カ町によってお茶の商人たちが集められたエリアで、今でも多くのお茶屋さんが軒を連ねるこの茶町にあるのが、今回ご紹介する、茶町KINZABUROです。
大正4年に創業し、2010年に直営店をオープン。1階は茶葉や急須などを販売するショップ、2階は11種類ものお茶の試飲やそれに合うスイーツが楽しめるイートインスペースになっていて、“単にお茶を売るだけではないお茶屋さん”といえそう。
時代とともにさまざまな角度からお茶の魅力を発信し続ける、茶町KINZABURO代表茶師・前田冨佐男さんを取材しました。(取材:アットエス編集部 花島)
居心地抜群!店舗デザインを考えたきっかけは?

花島:以前お店を訪れた時、居心地が良すぎて思わず長居してしまいました(笑)。“単にお茶を売るだけではないお茶屋さん”を設計するきっかけになった出来事はありますか?
前田さん:2つあって、1つは静岡県立大学の岩崎邦彦先生のセミナーに参加したときに伺った話です。今から15年ほど前、岩崎先生が主婦を対象に「急須で飲むお茶といえば何?」というアンケートをとっていたのですが、その答えが衝撃的だったんです。
僕たち茶業界の人たちは皆、当然「リーフのお茶」やあるいは「静岡茶」といった回答になると思っていました。ですが、実際には「安らぎ」「くつろぎ」という答えが多くを占めていたのです。
僕は目から鱗が落ちました。そこで新しいお店を始めるにあたって、“モノ”ではなく体験、“コト”を提供しようと決めたんです。

花島:なるほど、たしかに近年は若者の間でも(CDを買わなくてもフェスやライブには参加しているように)「モノ」より「コト」、体験の価値が上がっている気がしています。
前田さん:もう1つのきっかけは、とある建築士の先生のセミナーで聞いた話。その方の奥様が趣味で焼き物の絵付けをされていて、建築事務所の1階を絵付け体験教室、2階を建築事務所に設計したそうです。
すると、例えば絵付け教室の生徒さんが「今度家の一部を修理したい」というときには旦那さんの建築事務所へ依頼。逆に旦那さんのお客さんが建築の打ち合わせに煮詰まったときにはちょっと絵付けでもして気を紛らわせよう、そんな循環ができたそうです。
それを参考にして、茶町KINZABUROも1階はショップで買い物、2階はお菓子とお茶を楽しんで、きれいなお庭も見て、という、お茶を通した”安らぎの体験”を提供するためのイートインやイベント会場という設計にしました。
本物のお茶の香りを嗅げるのは、茶町だけ

前田さん:よく「静岡駅に降りてもお茶の匂いがしない。お茶の匂いを出したらどうか」という声を聞きます。でも、もし静岡駅でお茶の香りを擬似的に漂わせたとしても、それは偽物なんです。
だから、ぜひ茶町まで足を伸ばし、本物のお茶の匂いを通じて幸せを感じてほしい。僕達は、それこそが「感幸(観光)」だと思っています。
前田さんは昨年出版された本※の中で、次のようにも語っています。
目指すのは、多くの人が観光地として訪れたくなる町にすること。観光とは「観る光」と書きますが、私たちは「観光=感幸」だと思って活動しています。外からやってくる人たちも、ここで暮らす人も、幸せを感じる場所にしたい。
そんな誇りを持って、街を訪れた人にありとあらゆるご案内ができる、コンシェルジュ(案内人)になりたい、という思いから団体名を『しずおか・茶の町コンシェル』としました。
※前田冨佐男『日本茶の実践マーケティング』2022年、星雲社

老舗でありながら、ベンチャーのような独特かつ洗練されたスタイルが魅力の茶町KINZABURO。”観光”で「茶の町」静岡に訪れた人も、元々静岡に住んでいる人も。ひとたびお店の中に入れば、お茶を通じた新たなワクワクがみなさんを待っているかもしれません。
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今回、お話を伺ったのは......前田冨佐男さん
株式会社前田金三郎商店3代目代表。1990年「闘茶会(全国茶審査技術競技大会)優勝(農林水産大臣賞)、2002年にはテレビ東京「テレビチャンピオン」の「お茶通王」選手権で優勝と、全国の大会でも活躍し、コメンテーターとしてメディアへの露出も多数。2012年には「しずおか・茶の町コンシェル」を立ち上げ、茶町界隈の活性に取り組む。著書に『日本茶インストラクターって何ナニなに?』(ビーエービージャパン、2006年)『日本茶の実践マーケティング』(星雲社、2022年)。公式Youtubeチャンネルもチェック。