
【親友だと思っていました】

殺人、死体損壊、死体遺棄の罪に問われた32歳の会社役員の男の裁判が2025年11月に始まった。事件で死亡したのは被告の「かつての親友」だった。
被告は2024年6月23日、共同で飲食店を経営していた男性(当時30歳)を静岡市葵区のマンションの敷地内で刃物の様なもので複数回突き刺して殺害した後、遺体に火をつけて切断し、静岡県藤枝市内の山中に遺棄した罪に問われていた。
「間違いありません」
被告は涙を流しながら自らの罪を認めた。
「私は男性とは親友だと思っていました。再び仲良くなりたいと思っていましたが、結果的に男性の人生を奪ってしまいました」
2人は小中学校の同級生で、後に飲食店を共同経営する仕事のパートナーだった。
【奴隷的支配】
「小中学校時代は普通の関係でしたが、17歳ごろから一緒に行動するようになりました。その後、会社を設立し、このころから上下関係ができ、暴力や暴言に苦しめられた。完全に奴隷だなと思うようになりました」
2人は共同で飲食店を経営し、男性は社長職を、被告は中間管理職を担っていた。裁判で被告は、殴られたり脅されたりして多くの業務を一方的に背負わされたと話した。
「怖くて言い返せず、理不尽だと感じていました」
【元従業員との交際トラブル】
被告は店の従業員の女性と交際していた。交際関係を解消したあとに、女性が妊娠したことを知ったという。
女性は中絶手術を受けたが、被告はこの事実を男性には伝えていなかった。
2024年6月23日未明、被告は男性から「責任を取るべきだ」などと叱責を受けたあと、犯行に及んだ。
【最後の1本の糸が切れた】
裁判で被告は当時の心境について話した。
「この先も奴隷的な関係が続くと思った。最後の1本の糸が切れ、無意識に刺してしまいました」
所持していた包丁で男性の背中を刺し、駐輪場へ逃げた男性を追いかけ、さらに刺したと説明。
「倒れた男性の様子を確認し、殺してしまったと思いました」
被告は終始、淡々とした口調で経緯を語った。
【とにかくばれないようにしないと】
犯行後、119番や110番通報はしなかった。
「怖くてできなかった。自分がしたことが怖くなり、ばれないようにしなければと思いました」
検察側は、事件後、被告が男性のスマートフォンを使用し、男性になりすまして男性の母親らとLINEで連絡を取っていたと指摘した。
母親が被告に「息子はどこにいるのか」「何か知っているなら教えてほしい」と聞くと、被告は「会社にも来ていない」「会社の金を使い込んでいるようだ」「居場所は分からない」などと説明し、男性が自ら姿を消したかのような内容を伝えた。
検察側は、これら一連の行為について、被告が主体的に関与し、事件の発覚を免れようとした隠蔽工作にあたると主張した。
【息子の骨を返してください】
男性の父親が証言台に立った。
「息子から『被告と一緒に働きたい』と聞いたとき、互いに補い合える関係だと思いました」
しかし、2024年6月下旬から息子と連絡が取れなくなり、11月、警察から連絡を受けたという。
「警察署で骨の一部を見せられました。現実として受け止めることができず、息子の携帯に連絡をし続けました」
現在も、男性の遺骨はすべて見つかっていない。
「息子は油をかけられ、燃やされ、切断され、山に捨てられました。なぜ殺されたのか分かりません。あなたに息子の人生を終わらせる権利はありません」
「刑期を終えた後、息子の骨をすべて見つけて返してください。謝罪し、反省してください」
【懲役18年を求刑】
検察側は「殺人の様態は強固な殺意に基づく執拗かつ危険で悪質なもの」などとして懲役18年を求刑。
一方弁護側は、「奴隷的な支配が心身を極限まで追い詰めた」などとして懲役8年以下が相当とした。
【判決は懲役16年 被告は控訴】
2025年11月14日の判決公判。
被告は男性の両親に向かって頭を下げ、裁判長の言葉を聞いた。
裁判長は、犯行について「執拗で、強固な殺意に基づくもの」と指摘。さらに、犯行後の隠蔽行為について「死者の尊厳を無視した、冷酷で残忍な行為」と厳しく非難した。
一方で、被害者による暴力や叱責があった点についても触れ、「被害者側の振る舞いがなければ、事件は起きなかった可能性がある」と述べた。
判決は懲役16年。
被告は判決を不服として控訴した。







































































