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〈 “無名”からの五輪切符 陸上・伊藤 〉

 東京五輪まで80日。陸上男子1万メートルは伊藤達彦選手(23)=ホンダ、浜松商高出=が代表に内定しました。代表選考会を兼ねた日本選手権での圧巻のレースを振り返り、“無名”から急成長を遂げたエピソード、箱根駅伝をはじめ過去の大会での活躍をまとめました。
 〈静岡新聞社編集局TEAM NEXT・寺田将人〉

残り800メートルで圧巻スパート 東京五輪代表内定

 東京五輪代表選考会を兼ねた陸上の日本選手権1万メートルは3日、袋井市のエコパスタジアムで行われ、男子の伊藤達彦(23)=ホンダ、浜松商高出=が27分33秒38で優勝した。昨年12月の日本選手権で既に五輪参加標準記録(27分28秒0)を突破していたため、選考基準を満たし東京五輪代表に内定した。

男子1万メートルAタイムレース決勝 優勝で東京五輪代表内定を決めガッツポーズで喜ぶ伊藤達彦(右・ホンダ)=エコパスタジアム
男子1万メートルAタイムレース決勝 優勝で東京五輪代表内定を決めガッツポーズで喜ぶ伊藤達彦(右・ホンダ)=エコパスタジアム
 伊藤は序盤から上位をキープ。9000メートル過ぎに先頭に立ち、後続を引き離した。「プレッシャーはあったが、地元の方々の声援のおかげで代表に内定できた。感謝したい」と喜びを語った。
 静岡県陸上界の東京五輪代表は、男子20キロ競歩の池田向希(旭化成、浜松日体高出)と男子50キロ競歩の川野将虎(旭化成、御殿場南高出)に続き3人目。トラック種目では第1号となった。

 ■エコパにどよめき
 残り800メートルを切り、伊藤のスパートに地元エコパの観客がどよめいた。3人が優勝を争っていた状況で一気に加速し、残り400メートルでさらにギアを上げた。苦しさで表情はゆがんだが、思いは東京五輪に一直線。「目標にしていた優勝で代表に内定できてうれしい」。大きくガッツポーズし、雄たけびを上げてゴールした。
 狙い通り、勝ちにこだわるレースを実行した。昨年12月の日本選手権で既に五輪参加標準記録(27分28秒0)を突破済み。オープン参加の外国人選手がつくった高速ペースに落ち着いて対応し、序盤は上位をキープした。5000メートルをすぎて全体のペースが上がると、持ち味の粘り強さで先頭集団にぴたりとつき、最終盤のスパートにつなげた。
 高校時代は全国大会の経験のない無名選手。料理に興味があり、卒業後の進路は調理師専門学校に進学するか、就職するかで迷った。東京国際大の大志田秀次監督から熱心な誘いを受けて現役続行を決めたが、進学したばかりの頃は「箱根駅伝に一度は走れたら良いかな」とあまり意識は高くなかった。
 東京五輪を目指すきっかけとなったのは、4年時にユニバーシアードのハーフマラソンで銅メダルを獲得したこと。優勝した当時東洋大の相沢晃(旭化成)に食らい付いた。「(相沢は)日本トップレベルの選手だが、あと数秒で勝てそうだった。一層と練習に真剣に取り組むようになった」。確かな手応えをつかみ、世界に挑戦する覚悟を決めた。
 今年に入ってからは両足大腿(だいたい)骨を疲労骨折するなど「正直諦めかけていた」と不安はつきなかったが、「けがをしていた時期は無駄ではなかった」と振り返る。苦難を乗り越え、ついに世界最高峰の舞台に立つ。
 
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陸上男子1万メートルで優勝し、メダルを手に笑顔を見せる伊藤達彦(ホンダ)=袋井市のエコパスタジアム
 
 ■伊藤達彦の略歴
 いとう・たつひこ 1998年3月23日生まれ。浜松市中区出身。浜松北部中、浜松商高、東京国際大出。中学時代はサッカー部に所属し、高校から本格的に陸上を始めた。2019年ユニバーシアードのハーフマラソンで銅メダルを獲得。同年、全日本大学駅伝の2区(11・1キロ)で31分17秒の区間新記録を樹立した。20年12月の日本選手権1万メートルは日本歴代2位の27分25秒73をマークして2位。170センチ、52キロ。
■元記事=伊藤 圧巻スパート、東京五輪代表内定 陸上日本選手権1万メートル(「あなたの静岡新聞」2021年5月4日)

“無名”から急成長 中学時代はサッカー部 本格開始は高校時代

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陸上男子1万メートルで東京五輪代表の内定を決め笑顔を見せる伊藤達彦(ホンダ)=袋井市のエコパスタジアム
 

 袋井市のエコパスタジアムで3日に開かれた陸上の東京五輪代表選考会を兼ねた日本選手権の男子1万メートルで優勝し、五輪切符をつかんだ伊藤達彦(23)=ホンダ、浜松商高出=。「たくさんの応援で優勝できた。重圧はあったが、一生懸命走った」。高校時代は無名だった男が、地元で恩師らが見守る中、大舞台への出場を決めた。


 中学時代はサッカー部だった伊藤が本格的に陸上を始めたのは高校に入ってから。高校時代に指導した浜松商高陸上部の日向城監督(59)にとって伊藤は、「たくさんいる子の中の一人」だったという。体力がなく、夏場に弱かった。走り終わると倒れ込んで動けなくなったことは数え切れない。3年時の県高校駅伝でエース区間の1区を担ったが、京都・都大路の全国大会には届かなかった。
 大舞台とは無縁でも、腐ることはなかった。高校3年の夏、全国総体に出場する選手の付き添いで和歌山県を訪れた。酷暑で倒れそうになりながら、仲間のために荷物を運ぶなど雑用をこなした。
 日向監督が伊藤の成長を大きく実感したのは、大学4年時。イタリアでのユニバーシアードのハーフマラソンで銅メダルを獲得した後に浜松市内で報告会に臨み、自身の経験を語る姿は自信に満ちていた。大舞台でも物おじしない大人になっていた。
 顔がゆがみ、苦しくなってからが伊藤の真骨頂。この日、勝負を懸けたのも終盤だった。日向監督は1952年ヘルシンキ五輪で5000メートルと1万メートル、マラソンの3種目を制し「人間機関車」と呼ばれたエミール・ザトペック(チェコスロバキア)を引き合いに出し「いっぱいいっぱいになっても粘れる。大学で自信をつけた」と話す。
 最後まで粘り強い走りで五輪への扉をこじ開けた伊藤。「東京五輪でも応援をよろしくお願いします」。ヒーローインタビューで高らかに宣言した。
 
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陸上男子1万メートルを地元で優勝し東京五輪代表の内定を決めた伊藤達彦(左・ホンダ)=袋井市のエコパスタジアム
 
■元記事=無名から急成長、ついに五輪切符 粘りの伊藤、地元で歓喜 男子陸上1万(「あなたの静岡新聞」2021年5月4日)

アンカーとして静岡5位入賞に貢献【第25回全国都道府県対抗男子駅伝】

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ガッツポーズでゴールする5位に入賞した静岡のアンカー伊藤達彦=広島市中区の平和記念公園前
 

 第25回全国都道府県対抗男子駅伝が19日(※2020年1月19日)、広島市の平和記念公園前を発着点とする7区間48キロで行われ、静岡県代表は2時間18分36秒の大会新記録で5位に入賞した。県代表の記録としては48キロコースになった第5回大会(2000年)以降で最速。入賞は3年ぶり4回目。

 ■エース伊藤 圧巻6人抜き
 
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6区の馬場(左)からたすきを受け取り走りだす7区の伊藤=広島市西区の第6中継所
 
 頼れる男が静岡県に3年ぶりの入賞をもたらした。3年連続出場で初のアンカーを担った伊藤(東京国際大、浜松商高出)は圧巻の6人抜き。大会記録更新に沸く平和記念公園前を5番目に駆け抜けた。「過去2大会は足を引っ張ってきたので」と、ゴール後は安心したようにガッツポーズ。仲間たちが殊勲のエースを笑顔で出迎えた。
  「調子はめちゃめちゃ悪かった」と伊藤。言葉とは裏腹にスタート直後からギアは全開だった。1万メートルの日本記録保持者の村山(宮城)を抜き去り、終盤まで競り合った赤崎(熊本)は残り約1キロで一気に突き放した。「箱根駅伝の調子が良かったので、その貯金かな。自分でもよく分からない」。自身も驚く快走だ。
  入賞をお膳立てしたのが2年連続で6区を走った馬場(御殿場中)だ。「どこでペースを上げるのか、粘るのかは分かっていた」と、プラン通りの走りで昨年の記録を20秒短縮。11位に上げて伊藤にたすきを託した。
  終わってみれば県代表史上最高記録という新たな歴史も生まれた。尾崎、吉田の高校生2人はまだ2年で、大学や実業団で活躍する県勢ランナーも少なくない。「来年も面白いレースができそうです」。清監督(藤枝明誠高教)は思わず次への期待を膨らませた。
■元記事=静岡猛追 最速記録 エース伊藤 圧巻6人抜き(静岡新聞2020年1月20日朝刊、肩書など表記はすべて当時)

箱根駅伝では2区で5人抜き 往路3位に貢献

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区間2位で5人抜きと力走した東京国際大2区の伊藤達彦=横浜市戸塚区
 

 第96回東京箱根間往復大学駅伝第1日は2日(※2020年1月2日)、東京・大手町から神奈川県箱根町までの5区間、107・5キロに関東の20校とオープン参加の関東学生連合を加えた21チームが参加して行われ、青学大が5時間21分16秒の新記録で3年ぶり4度目の往路優勝を果たした。
  国学院大が1分33秒差の2位。東京国際大が3位と健闘した。2区の伊藤達彦(浜松商高出)が区間2位の力走で5人抜きの快走を見せた。

 ■2区・伊藤 エースの役目果たす
  東京国際大の2区伊藤は、3区ビンセントにたすきを渡して倒れ込んだ。「力は出し切った。悔いはない」。区間新を出した日本学生長距離界トップの相沢(東洋大)に最後まで食らい付き、チーム初の往路3位に貢献した。
  13位でたすきを受けた伊藤の後ろからライバルが迫ってきた。相沢とは7月のユニバーシアードの男子ハーフマラソンで優勝争いをするなど意識し合ってきた。2桁順位での直接対決は想定していなかったが、伊藤は「勝って区間賞を取りたい」と気持ちを高めた。
  相沢に追い付かれ、6キロ過ぎから並走。互いに何度も仕掛け、駆け引きは終盤まで続いた。伊藤は高速レースに苦しい表情を浮かべながら、時折笑顔ものぞかせた。「一番戦いたかった相手。本当に楽しかった」。20キロ過ぎに離されたが、5人抜きで区間2位。エースの役割は果たした。
  浜松商高で「何げなく」始めた陸上だが、大学進学後は相沢らと競い合い「学生トップランナーになる」と思いが変わった。今では「陸上は自分の人生そのもの」と言い切る。
  卒業後は実業団のホンダに進む。先輩の設楽悠太を目標とし、相沢との再戦も心待ちにする。「人生を懸けて世界と戦える選手になりたい」と新天地での飛躍を誓った。
■元記事=2区・伊藤(浜松商高出)5人抜き 東京国際大 健闘(静岡新聞2020年1月3日朝刊、肩書など表記はすべて当時)