ウイスキー富士御殿場蒸溜所 どんな所?
ウイスキー製造のキリンディスティラリーは、富士御殿場蒸溜所の見学ツアーのコースをリニューアルしました。製品の紹介に加え、工場の立地や工場で働く人にも焦点を当て、富士山麓で造るウイスキーの魅力を伝えています。どんな工場なのでしょうか。ツアーの内容や蒸溜所の内側をまとめました。
〈静岡新聞社編集局未来戦略チーム・吉田直人〉
見学ツアーコースを一新 富士山麓で造る魅力発信
ウイスキー製造のキリンディスティラリーは、富士御殿場蒸溜所(御殿場市柴怒田)の見学ツアーのコースをリニューアルした。製造工程や製品の紹介に加え、工場の立地や工場で働く人にも焦点を当て、富士山麓で造るウイスキーの魅力を発信する。
コース各所の説明パネルも一新した。製品造りに欠かせない富士山の伏流水について紹介し、自然豊かな富士山麓に工場を構えた理由を示す。作業に従事する若手職人の写真も展示し、人間の感覚が必要不可欠なウイスキー造りの奥深さを伝える。
同蒸溜所は麦芽のみを原料にしたモルトウイスキーと麦芽以外の穀類を主原料にしたグレーンウイスキーの両方を、仕込みから瓶詰めまで一貫して生産する世界的にも珍しい工場。創業した1973年以降、世に送り出した歴代製品も並べた。
新型コロナウイルス対策で、見学ツアーの催行回数や定員を制限している。参加費は500円(20歳未満は無料)。予約、問い合わせは同蒸溜所見学担当<電0550(89)4909>へ。
〈2022.04.16 あなたの静岡新聞〉
1973年開設 モルトとグレーン、仕込みからボトリングまで一貫製造
標高620メートル、平均気温13度、富士山麓の広大な森に囲まれた蒸留所で唯一の県産ウイスキーは造られている。年に何度も発生する濃い霧が、樽[たる]に適度な湿り気を与え、理想的な熟成を促す。仕込み水は富士山の雪が溶け出した伏流水。50年の歳月を経て地下深くに浸透した水を蒸留所の地下100メートルからくみ上げる。城戸徹社長(※当時)は霊峰が育む天然の恵みを「うまみのある、ふくよかな水」と表現する。
開設にあたり、イギリスのスコットランドとカナダ、米国から技術と設備を導入した。前者は主にモルト(大麦麦芽)を原料とするスコッチウイスキー、後者はグレーン(トウモロコシ)を主原料とするカナディアンウイスキーやバーボンウイスキーで知られる。モルトとグレーン双方の設備を大規模に備えるのは世界的にも珍しい。
ウイスキー特有の甘い香りが立ちこめている貯蔵庫には、約4万本の樽が整然と横たわる。樽の中でウイスキーはゆっくりと琥珀[こはく]色になり、風味や香りを深めている。熟成の過程で、樽の中の水分やアルコールが、少しずつ空気と入れ替わって蒸発する。目減りした分は「天使の分け前」と呼ばれ、ウイスキーを天使に贈ることでより風味が増すというロマンチックな言い伝えがある。
2002年、合弁を解消してキリンビールの資本100%となり、社名もキリンディスティラリーに変わった。同社はこれを機に、新たな独自ブランドのウイスキー開発に乗り出した。
目指したのは、手頃な価格帯の本格派ウイスキーを造り上げることだった。開発チームは、香味成分がより溶け込むようにアルコール度数を高めの50%に設定し、容量の小さな樽で、熟香がウイスキーに移りやすくするなどの工夫を重ねた。
〈2015.06.08 静岡新聞朝刊「地の味 人の味~食を継ぐ~(28)」より抜粋〉
蒸溜所には調合室が ブレンダーが複雑な味わいを表現
棚を埋める世界の洋酒は、おおよその味が頭に入っている。御殿場市郊外にあるウイスキー工場「キリンディスティラリー富士御殿場蒸溜[じょうりゅう]所」。ブレンダー(調合)室の円卓に、熟成庫のたるから採取した原酒のサンプルが輪を描いて並ぶ。「世界最優秀」の称号を持つマスターブレンダーの田中城太さん(55)が、原酒の特徴を生かした新たな味の構想を練る。
京都・伏見に育ち、向かいの酒蔵が遊び場だった。高校の課題でこうじ室の様子を細かくリポートし、大学では酵母やカビの研究を深めた。「20歳前から酒との縁があった。アルコールに強いかといえば、ごく普通の人と同じ」。身近な興味から手を伸ばした仕事だ。
香りをかぎ分け、味を識別し、繊細に表現する調合の職人。無数のたるから最適なサンプルを選び、計算を尽くした比率で組み合わせ、常に同じ味わいの商品に仕上げる。新たな風味を作り出す開発者は、複雑で重層的なバランスを守る味の番人でもある。
今年、調合の最高責任者であるマスターブレンダーの中の頂点を選ぶ英国の表彰で、商品と共に世界最優秀賞に輝いた。「大勢が関わる製造現場にも、人の調和が求められる。原酒を用意してくれた先人とも連係して受けた評価」。ウイスキーの本場で金字塔を打ち立てた仲間と喜びに浸った。
ウイスキーとの相性に触れながら、日本食を発信することも忘れない。「グラスをくゆらす印象があるが、実は食べ物の味を引き立たせる酒。食材があふれる静岡ならではの楽しみ方を伝えていきたい」。最高峰へと昇華させた富士山麓の恵みと共に、次の高みを目指していく。
〈2017.12.04 静岡新聞朝刊「ソノ仕事×コノ絶景(60)」より抜粋〉
※年齢は掲載日時点
付加価値高い商品づくりを 社長インタビュー
3月27日(※2020年)付で就任。キリングループ国内唯一のウイスキー製造拠点、富士御殿場蒸溜所(御殿場市)工場長を兼ねる。約80億円を投じる生産設備増強の狙いや今後の展望を聞いた。
「ウイスキーが最も売れたのは1980年代。その後の税制改正やバブル崩壊によって売れなくなり2008年には最盛期の4分の1まで落ち込んだ。原酒の在庫がたまり、仕込み量を減らしたり一定期間止めたりした。10年代のハイボールブームで市場が拡大した。ウイスキーは仕込みや熟成に時間がかかる。原酒が足りなくなり、生産量を増やすため設備増強が必要になった」
-生産設備増強の狙いは。
「生産能力を従来の倍にする。4棟ある熟成庫の1棟を建て替え、1棟を新設した。自然に近い形で発酵させるため木の桶(おけ)の発酵タンクを導入する。小さな蒸留器も入れる。消費者のニーズや飲み方は多様化している。個性のある原酒をつくり、さまざまなタイプの商品を生み出す」
-今後の展望は。
「まずはしっかり原酒を作り需要に応える。その後、より付加価値の高い商品にシフトしたい。本当に好きなお客さまに、量は多くなくとも愛していただける商品を作る。4月に業務用に発売した『シングルグレーンウイスキー富士』をフラッグシップ商品にしたい。富士というブランドでモルトウイスキーの展開も検討している。日本のウイスキーは世界的に評価が高まっている。海外向けの戦略も考えたい。時代の変化にも柔軟に対応する必要がある」
おしだ・あきなり 1994年、キリン・シーグラム(現キリンディスティラリー)入社。キリンビール名古屋工場副工場長などを経て現職。51歳。
〈2020.06.02 静岡新聞朝刊〉※年齢は掲載日時点