熱海土石流発生から1週間 捜索難航、住民の生活再建険しく

 熱海市伊豆山の大規模土石流は10日で発生から1週間。これまでに9人の死亡が確認され、いまだ20人の安否が分かっていない。雨続きの空模様で捜索活動は度重なる中断を余儀なくされ、家族や知人らの不安は募るばかり。ライフラインの復旧も進まず、被災した住民の生活再建への道は険しさを増す。流出した土砂の大半が崩壊した盛り土とされる異例の豪雨災害。関係機関は原因究明に向けた調査を急いでいる。

被害を受けた建物から泥やがれきなどを運び出す捜索隊員=9日午後、熱海市伊豆山
被害を受けた建物から泥やがれきなどを運び出す捜索隊員=9日午後、熱海市伊豆山

 同市伊豆山地区では、ライフラインの復旧に向けて急ピッチで作業が進むが、住民が日常を取り戻すめどは立たない。
 市によると、同地区では9日夜時点で、約600件で断水が続いている。市は地区内4カ所に簡易水槽や給水タンクを設置した。このうち、仲道公民館の周辺では、住民らが水を入れた袋やバケツを手に坂道を行き来している。高橋薫さん(72)は「水道が戻らないと避難者も帰ってこない。復旧が進んでいる気はしない」と険しい表情を浮かべた。
 同公民館では発災後から同日まで、地元有志らが集めた食料を住民に配布した。10日からは市の支援物資が届く。親戚が被災し、神奈川県湯河原町から食料などを毎日届けに訪れている井上麻美さん(46)は「物資はどのぐらい、いつまで届くのか。正確なことが分からない」と不安をのぞかせる。
 一方、別の給水地点のマンションでは、8日夕に断水が解消した。7日から弁当や総菜パン、飲料水など市の支援物資が届き、住民らが食料を受け取りに足を運ぶ。マンションの管理組合の塩路清理事(75)は「上水道の復旧は大きい。元の生活に向けて一歩ずつ進んでいる」と実感する。
 通行止めが続く国道135号では、重機を使った土砂やがれきの撤去作業が進んだ。逢初(あいぞめ)橋付近では泥を積んだトラックが往来し、被災した建物の取り壊しも始まっている。近くの釣具店に勤務する菅沼浩一さん(69)=同町=は橋の手前に張られた規制線の外から作業を見守り、「だいぶ泥が少なくなったが、まだまだ時間がかかりそう。早く開通してほしい」と切望した。
 熱海市によると、同国道の開通時期の見通しは立っていない。斉藤栄市長は同日の会見で、「今、一番重視しているのは水道と道路」と述べ、捜索活動に加えて生活インフラの一刻も早い復旧に力を注ぐ考えを示した。

 ■大規模土石流 1週間の経過
 【2日】
・午前6時29分 熱海市に大雨警報が発令
・同10時 熱海市が「高齢者等避難」発令
・午後0時30分 熱海市に土砂災害警戒情報が発令
※3日までの72時間降水量は7月の観測史上最大を記録
 【3日】
・午前10時30分ごろ 土石流が発生、多数の民家が巻き込まれる。女性2人の死亡確認
・同11時5分 熱海市が「緊急安全確保」発令
・正午 県が災害対策本部設置。川勝平太知事が自衛隊に派遣要請
 【4日】
・警察や消防、自衛隊が救助活動を再開
・県が土石流の起点付近で開発行為に伴う盛り土の崩落を確認したと発表
・県が少なくとも建物130棟が流されたと発表
・熱海市が約20人としていた安否不明者数を白紙撤回。147人の安否調査を表明
 【5日】
・熱海市が女性1人と性別不明の1人の死亡を確認したと発表。死者は計4人に
・知事が現場視察
・県が安否不明者64人の名簿公表
・加藤勝信官房長官が避難情報発令の在り方を検証する必要があるとの認識を示す
 【6日】
・棚橋泰文防災担当相が現場視察
・熱海市が新たに3人の死亡を確認したと発表。死者は計7人に
 【7日】
・熱海市の土砂災害警戒情報が解除。大雨警報が大雨注意報に
・県が崩落盛り土付近の土地改変を巡り、県や熱海市が事業者に是正指導を行っていたと明かす
・盛り土が届け出以上の高さにかさ上げされていた疑いが県の調査で判明
・県が逢初川土石流災害対策検討委員会の初会合を開催
 【8日】
・伊豆山小を除く10小中学校と公立幼稚園、こども園が再開
・有料道路「熱海ビーチライン」で地元住民の車両通行が再開
・赤羽一嘉国土交通相が現場視察
・熱海市が新たに2人の死亡を確認したと発表。死者は計9人に
・県が流れ下った土砂総量を約5万5000立方メートルとする分析結果を公表。流出土砂の大半は盛り土との見解
 【9日】
・大雨注意報解除
・県が熱海市に被災者生活再建支援法を適用すると発表

 9日午後6時現在の被害状況
 【死者】9人
 【安否不明者】20人
 【避難者】572人
 【被害棟数】131棟(128世帯、216人)
 【ガスの供給停止】167件
 【断水】約600件

 ■熱海市公表安否不明者名簿(9日午後4時現在、敬称略)
氏名    読み仮名      性別
小川  徹 オガワ トオル    男
太田 和子 オオタ カズコ    女
太田 洋子 オオタ ヨウコ    女
坂本 玲子 サカモト レイコ   女
臼井 直子 ウスイ ナオコ    女
古川謙三郎 フルカワケンザブロウ 男
古川 靜子 フルカワ シズコ   女
西澤 友紀 ニシザワ ユウキ   女
好川美代子 ヨシカワ ミヨコ   女
石田  明 イシダ アキラ    男
瀬下 陽子 セシモ ヨウコ    女
松本 孝広 マツモト タカヒロ  男
松本 光代 マツモト ミツヨ   女
太田佐江子 オオタ サエコ    女
太田 幸義 オオタ ユキヨシ   男
草栁 笑子 クサヤナギ エミコ  女
坂本 光正 サカモト ミツマサ  男
坂本 紗花 サカモト スズカ   女
松本 季和 マツモト キワ    女
根來 敏江 ネゴロ トシエ    女
情報提供は熱海市災害対策本部<電0557(86)6443>へ



 ■識者評論 静岡大特任教授・岩田孝仁氏(防災学)
 熱海市伊豆山で発生した大規模土石流は、逢初川上流部で崩落した盛り土が被害を拡大したとされる。人工的に造成した地盤が地震や豪雨で崩れる災害は過去にもあるが、5万5千立方メートル超の土砂が下流まで一気に流れ込み、人家の密集する地域を襲うような災害は全国的にみても「極めて特異」だと言える。
 航空写真の様子や現地調査の状況から、今回の土石流は盛り土が地表部分の土砂や木々を巻き込んで崩れ落ちた「表層崩壊」とみられる。最上部でも、本来の谷の岩盤はほぼ削れていないだろう。ただ、その周辺には大量の盛り土が残ったままの状態で、二次災害の危険性は少なくない。今後の復旧作業を進める上では、応急措置とともに恒常的な安全を見据えた対策が不可欠になる。
 不適切な盛り土などの土地改変については今後、国も災害の再発防止に向けた法令改正などの検討を進めるだろう。今回と同様の問題は伊豆半島の他の地域をはじめ、県内外に点在している。人命に関わるだけに、施工済みの土地に対しても法の規制が適応される制度にするべきだ。
 発災から1週間がたち、今後は安否不明者の捜索活動とともに、被災者の生活再建がより重要となる。これからの暮らしに不安を抱いている人は多いはずだ。復興の立ち遅れを防ぐためにも、航空写真を活用した罹災証明書の早期交付や住宅の復旧に向けた準備など、行政は先の見える施策を加速させる必要がある。
 

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