江戸時代のロシア使節団残した大皿か 松崎の近藤さん保管

 松崎町の近藤二郎さん(88)宅に、江戸期に下田を訪れたロシア使節のプチャーチン提督ら乗組員が残していったとみられる大皿がある。関連資料を紹介する戸田造船郷土資料博物館(沼津市)で、数年前に同じ品を見つけて判明したという。「ロシアとの交流の歴史を今に伝える品だ」と大切に保管している。

プチャーチン提督ら乗組員が残していったとみられる皿を紹介する近藤さん=松崎町
プチャーチン提督ら乗組員が残していったとみられる皿を紹介する近藤さん=松崎町

 プチャーチンは1854年、日露和親条約締結のために下田に来航した。滞在中、地震に伴う津波に見舞われ、乗ってきた軍艦が沈没。伊豆西海岸の沼津市戸田で地元住民の協力を受けて船を造り、翌年ロシアへ向かったとされる。
 近藤さん宅は歴史があり、明治期生まれで昭和期に日本薬学会会頭を務めた近藤平三郎の生家。4、5年前に博物館でプチャーチンにまつわる展示の中から、自宅の皿と同じ柄の品を発見した。これを機に乗組員一行の足取りについて調べ、町内に滞在したことを示す資料を見つけて同じ品だと確信したという。
 皿は直径36センチ、厚さ3センチほどの陶器。日本製の器の裏にある「高台」部分がなく、中国風の伝統的な建物や衣装をまとった人、帆船などが描かれている。
 近藤さんは「経緯は分からないが、何らかの理由で松崎を訪れて置いていったのだろう。地元の歴史を伝える品を守っていきたい」と話した。
 (松崎支局・太田達也)

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