社説(10月4日)mRNAワクチン コロナから人類守った

 今年のノーベル生理学・医学賞に、「メッセンジャーRNA(mRNA)」と呼ばれる遺伝物質を使った新たなワクチン開発に道を開いた米ペンシルベニア大のカタリン・カリコ特任教授(68)とドリュー・ワイスマン教授(64)が選ばれた。
 カリコ氏らの技術を用いることで、パンデミック(世界的大流行)を起こして深刻な脅威となった新型コロナウイルス感染症に有効なワクチンが、1年足らずと極めて短期間で開発できた。特効薬がない中、新たなワクチンは人類の強力な武器となり、多くの人の命と健康を守った。日本でもmRNAワクチンは広く接種され、恩恵を実感した人は少なくないはずだ。
 カリコ氏らのワクチン開発は一昨年、米国で最も権威ある医学賞「ラスカー賞」を受けるなど、既に高い評価を受けている。人類への貢献を考えれば受賞は当然だ。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長も「大勢の命が救われた」と受賞を祝福した。
 しかし、忘れてはならないのは、実用化までには長く地道な基礎研究の積み重ねがあったことだ。カリコ氏らも周囲の理解不足や研究費切れなどの不遇を乗り越えながら諦めずに研究を続けたという。
 ワクチンとは、毒性をなくしたり弱めたりした病原体の一部を体内に取り込むことで免疫を活性化させる薬。これまでは生ワクチン、不活性ワクチンが主流で、いずれもウイルスなどの培養がまず必要だった。通常ならワクチン開発には10年は必要とされる。
 一方、mRNAワクチンはウイルスのたんぱく質を作る遺伝情報の一部を体内に入れることで、抗体生産などを誘引して免疫を整える。遺伝情報の配列さえ判明すれば短期間で開発が可能になった。ただ、人工的に作ったmRNAは体内で異物とみなされ、炎症反応を起こしやすかった。
 カリコ氏らは、炎症反応を起こさずに体内に入れられる技術を考案。この技術を基に2020年、ドイツのバイオ企業ビオンテックは新型コロナワクチンを米製薬大手ファイザーと共同開発した。米モデルナ社も、同様の仕組みを利用してワクチンを迅速に開発して有効性が確認された。
 mRNAを使ったワクチン技術は、マラリアやインフルエンザなど他の感染症や、がんにも応用できる可能性があるとされる。安全性とともにさらなる発展を期待したい。
 mRNAワクチンは高い効果が分かると、すぐに資金力のある先進国の奪い合いになり、発展途上国や難民には行き渡らなかった。その後、ワクチンを融通する国際的な枠組みもできたが十分とは言えず、公平に過不足なく分配できる仕組みが求められる。

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