経営資源の譲渡「伴走」で 静岡の旅行会社 後継育成10年計画【事業承継 未来へのバトン③】

 親族以外に事業を承継する事例として、役員や社員による「従業員承継」と、M&Aなどの手段を用いて社外に引き継ぐ「第三者承継」がある。親族、従業員承継に共通するのは「後継者は急に生まれない、育たない」という現実。県事業承継・引継ぎ支援センターによると、事業承継には後継者の育成期間を含め平均約5~10年を要するという。誰がいつ継ぐか、後継者選定と育成を踏まえたプラン策定は重要な要素だ。

先代の思いと共に老舗旅行会社を承継した嶋津禎武社長(左)=8月下旬、静岡市葵区の「アオイ観光」
先代の思いと共に老舗旅行会社を承継した嶋津禎武社長(左)=8月下旬、静岡市葵区の「アオイ観光」
事業承継計画を支援する「つなぐノート」=9月上旬、静岡市葵区の日本政策金融公庫静岡支店
事業承継計画を支援する「つなぐノート」=9月上旬、静岡市葵区の日本政策金融公庫静岡支店
先代の思いと共に老舗旅行会社を承継した嶋津禎武社長(左)=8月下旬、静岡市葵区の「アオイ観光」
事業承継計画を支援する「つなぐノート」=9月上旬、静岡市葵区の日本政策金融公庫静岡支店

 バス会社の営業だった嶋津禎武さん(53)が静岡市葵区で50年超の歴史を持つ老舗の旅行会社「アオイ観光」の社長に就任したのは2013年。創業者の故・杉本友三郎さん=当時70代=は生前に後継候補として嶋津さんを同社に迎え、同センターへの相談を通じて10年間の事業承継プランを策定していた。自分がいるうちに-。人脈作りや株式譲渡など後継者の地固めを図る予定だった。杉本さんの体調不良で結果的に嶋津さんの社長就任は数年早まったが、早くから立てた計画が混乱を回避した。
 後継者に託す経営資源は、株式や不動産などのハードとしての資産に加え、企業理念や従業員との信頼関係、顧客との信用などソフト面まで多岐にわたる。県立大の落合康裕教授(50)は事業承継をリレーに例え、「伴走型」承継を提唱する。現経営者から後継者へ、点でバトンタッチするのではなく、線を描くように助走期間を取って承継する。さらに承継後も時間をかけて後継者をサポートすることで、社内外から承認を得やすくする。落合教授は「先代と後継者では経営環境など走るコースが異なる。承継後に後継者が独自色を積極的に出せるよう、“覚悟”を醸成する時間が必要」と話す。
 嶋津さんは承継直後に金融機関に借り入れを相談した時、信用実績の少なさを理由に断られた苦い経験を持つ。厳しい現実に直面し、自己資産を売って資金繰りし3年間耐え忍んだ。老舗の看板を担う重圧もあったが、「人を大事にする経営方針を先代がいるうちに引き継げたのが一番の財産」と振り返る。創業者の思いと歴史ある社名を、これからも背負い続ける。

 承継のポイント可視化 日本公庫が独自「ノート」
 企業や商店が後継者に事業を引き継ぐ時に重要な要素として、中長期を見据えた承継計画の策定が挙げられる。政府系金融機関の日本政策金融公庫は、企業の事業承継プラン策定を支援するため、独自のワークブック「つなぐノート」を使い、企業が承継前に進めるべきポイントを可視化している。
 ノートには、後継者候補の有無や承継の準備状況をQ&A方式で「自己診断」し、自社の現在地を確認した後、時系列に沿って売上目標や後継者の持ち株比率などを具体的に記載していく。診断で自社の強みと弱みを把握した上で、承継後を見据えた競争力強化、体制整備など経営改善策などを盛り込み、目指すべき将来像を明確にする。
 同公庫静岡支店によると、2018~22年で同支店への承継相談件数は約4・8倍に拡大し、その件数に比例してノートの使用事例は増加しているという。白田誠一融資第2課長は、承継準備に未着手の場合や取引先などの関係者に承継への理解が得られていない場合などの活用を勧め、「課題を共有することで、気づきが生まれる。支援機関とも相談し、コミュニケーション手段として有効に利用してほしい」と話す。

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