リニア「田代ダム案」浮かぶ課題 JR東海、トンネル湧水全量戻しの“切り札”

 リニア中央新幹線南アルプストンネル工事湧水の県外流出対策として、JR東海が静岡県有識者会議の専門部会で示した「田代ダム取水抑制案」。JRは6月下旬、ダムを管理する東京電力リニューアブルパワー(東電RP)と具体的な協議を開始したと発表した。同案は、リニア問題で最大の懸案となっている「トンネル湧水の全量戻し」を実現するためにJRが2022年4月に示した「切り札」。案の実現に関係者の期待は高まるが、東電RPがどこまで応じるのかは現時点で見通せない。県専門部会などの議論を通じてこれまでに明らかになった課題を整理する。

(左)田代ダム取水抑制案のイメージ (右)大井川最上流部から取水し、富士川水系に水を流す田代ダム。取水抑制することで、リニア工事に伴う大井川流量減を補う方策が議論されている=2019年8月、静岡市葵区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
(左)田代ダム取水抑制案のイメージ (右)大井川最上流部から取水し、富士川水系に水を流す田代ダム。取水抑制することで、リニア工事に伴う大井川流量減を補う方策が議論されている=2019年8月、静岡市葵区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)


冬場の施設維持にも取水 必要水量確保できるのか
 JRが、田代ダム案を実施するのに必要な流量を確保できるかを検討した資料。過去10年間(12年1月~22年3月)の田代ダム地点の河川流量で、データがある約2700日間すべての日に必要な流量を確保できることを示す「○」が並ぶ。JRの担当者は資料を示した県専門部会で「検討期間のすべての日で、県外流出量と同量を大井川に還元することが可能であると確認できた」と胸を張った。 photo01 2022年1~3月の河川流量を参考にした田代ダム案実現の可否
 しかし、このJRの検討には、東電RPが発電機の凍結を防ぐため冬場に最低限必要とする毎秒0・81トンの取水を考慮した形跡がない。静岡新聞社が毎秒0・81トンの取水を踏まえて独自に計算すると、22年1~3月の流量状況では68日間にわたり、ダム案の実現に必要な水量が確保できないとみられる。
 県は東電RPから「JRと取水量0を前提とした協議は行っていない」(2月8日時点)と聞いているとし、冬場の発電施設維持流量の取り扱いをJRにただしたが、JRは「今後、東電RPと協議の中で決めていくことになる」と会議で述べるにとどめた。
 そもそも、JRがトンネル湧水の県外流出期間とする約10カ月間や流出量300万~500万立方メートルとの想定は一定の解析結果によるもので不確実性を伴う。流出量や、トンネル掘削に伴う大井川流量の減少量が想定より大きくなり、ダム案実現のための流量が確保できなくなる可能性についてはJRも認めている。
 JRはその場合、渇水期をできる限り避けて工事したり、河川流量が回復する時期に不足分の水量を還元したりするとしている。しかし、大井川流域の関係者の間には「最も水を必要とする渇水期に水を戻してもらわないと対策の意味がない」(利水団体代表)との声が根強く、この検討が受け入れられるかは不透明だ。

 〝打ち出の小づち〟に疑問 先進ボーリングの湧水にも運用
 JRが東電RPと協議する内容には、県内の高速長尺先進ボーリングによって県外流出する湧水についても田代ダム案を運用することが含まれる。加えて、山梨県側の静岡県境付近で実施するボーリングの湧水に関しても、県内から移動してきたと考えられる水を、ダム案を使って静岡県側に返水する方向で県専門部会で調整している。ダム案に課せられる課題が積み重なる状況に、専門部会委員からは「ダム案は打ち出の小づちではない」と疑問の声が上がる。
 JRによると、現在山梨県で静岡県境に向かって行っているボーリングは、県境を越えて最長約300メートル先まで実施する計画。その後、先進坑を県境付近まで掘り進め、そこからもボーリングを静岡県内に伸ばす。いずれも、南アルプストンネル工事の中で最難関とされる県境付近の大規模破砕帯がある区間を調べるのが目的だ。後から行うボーリングは実施後に湧水を止めるが、先に行うボーリングは完了後も安全面の観点から湧水を流し続けるとしている。
 JRはボーリングで開ける穴の断面積は大きいものでも先進坑の350分の1に過ぎず、湧水量は小さいとする。しかし、専門部会長の森下祐一静岡大客員教授は「静岡工区の工事が始まっていない現状でボーリングを行っても県内の地下水が抜け続けるだけ」と実施のタイミングを疑問視する。

 水利権巡り「攻防」 決着も実質的には取引
 JRが田代ダム案を示してから東電RPとの協議が開始されるまで1年2カ月を要した理由の一つに、水利権を巡って大井川流域市町との「攻防」や解釈の問題があったことが上げられる。
 国が許可した東電RPの水利権(最大取水量)は毎秒4・99トンだが、「河川維持流量」として季節に応じて毎秒0・43~1・49トンを取水せずに下流に流すことで流域市町などと合意している。河川維持流量は水利権の期間更新に合わせて協議する取り決めになっている。
  photo01 田代ダム取水抑制案を巡る議論の経緯
 「1滴も譲れない」。川勝平太知事によると、16年7月に田代ダムを視察した際、東電側の幹部社員はこう話したという。水利権許可期限は25年12月末。東電RPはダム案に協力することが水利権の議論に影響することを警戒した。流域市町などで構成する大井川利水関係協議会が「この案を根拠とする水利権について主張をしない」と約束したことで、ようやく協議のテーブルに着いた。
 ダム案を巡っては、県専門部会委員から水利権の目的外使用や譲渡に当たるのではないかとの疑義が上がった。これに対し国交省が「東電RPが水利権の一部を行使しないというものにとどまり、JRがその流水を占用する立場を得るわけでもない」との政府見解を示し、一応の決着を見た。
 ただ、水利権に詳しい東京経済大の野田浩二教授は、JRが取水抑制することで東電RPに生じる損失を補償する方針を示していることから「実質的な水利権取引と解釈するのが自然」との認識を示す。その上で、「今回のような変則的な対応は残念。今後類似例が増え、水利権の管理が大変になるのではないか」と危惧する。

 田代ダム取水抑制案 リニアトンネル工事で山梨県側から静岡県内を掘削する際、トンネル湧水が山梨県側に流出する問題に対し、大井川上流域にある田代ダムの取水を流出量と同量抑制することで大井川中下流域の水資源への影響を防ぐ方策。国土交通省専門家会議が21年12月に出した中間報告の中で、同問題の具体的な解決策について「県や流域市町ら関係者の納得が得られるよう協議すべき」とJRを指導したのを踏まえ、同社が22年4月の県専門部会で提示した。県は流域市町とともに求めている「トンネル湧水の全量戻し」には直接当たらないものの、「代替案になり得る」との認識を示し、専門部会で実現性などを議論している。流域市町や利水団体からは、ダム案は水利用に対する不安や懸念の解消につながると実現に期待する声が複数上がっている。  【記者の目】東電RPとの協議 目に見える成果示して 冬場の施設維持にも取水
 田代ダム取水抑制案は関係者の間では、JRが県専門部会に提示する前からトンネル湧水の県外流出問題解決の切り札と目されていた。周囲の期待が大きいだけに、JRと東電RPの協議には目に見える成果が求められる。
 最大の焦点は渇水期となる冬場の対応。東電RPが冬期の発電施設維持流量の取水を一切行わず、JRが示したシミュレーションの実現に全面的に協力することになれば大きな前進となる。ただ、そうなった場合、東電RPが気にする水利権更新時の議論に本当に影響を与えないのか疑問符が付く。一営利企業である東電RPは、ダム案に協力する必要性も含めて難しい判断を迫られる。
 一方、最近発信力の低下が指摘される川勝平太知事は、ダム案の実現がトンネル湧水の全量戻しにつながると現在も認めていない。ダム案を全量戻しの代替案として取り扱っていることは県のホームページにも明記してある。流域の関係者が納得いく案に仕上がった場合はそのように評価し、議論を前に進めるべきだ。
(政治部・尾原崇也)
 

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