大自在(3月20日)翠富士8連勝

 襲い来るかぎ爪のような大波に小舟はなすすべもなく、かなたに富士山が鎮座する。手前の「動」と奥の「静」が対照的な浮世絵「神奈川沖浪裏[なみうら]」は江戸時代後期の葛飾北斎の代表作である。新千円札の図柄にも採用された。
 この版画とともに「富嶽[ふがく]三十六景」の三役と呼ばれるのが、晴れ渡る空と雲の波を背景にそびえる夏富士を描いた「凱風[がいふう]快晴」、同じ構図だが山頂付近は青空、中腹に積乱雲、しかし山麓は真っ黒で降雨を連想させる「山下白雨[さんかはくう]」。両作は人や里、街の風景と絡めることなく、山だけを描いていて異彩を放つ。
 近代化とともに霊峰も科学の対象になり、山頂で気象観測が行われた。2004年に無人化された施設はNPO法人「富士山測候所を活用する会」が拠点化して大気中の化学物質や雷の研究機会を提供している。気流が周囲の地形の影響を受けない富士山は絶好の「観測タワー」。22年夏は開設期間、参加延べ人数が過去最長、最多となった。
 改めて、夏富士の気象に着目した北斎に敬服。色合いから凱風快晴は「赤富士」、山下白雨は「黒富士」と呼ばれる。
 今はこちらの富士に、目がくぎ付けだ。大相撲春場所で翠富士(焼津市出身)が土つかずの8連勝。横綱、大関陣不在の寂しい土俵で、ひるまず大男を撃破する小兵の闘魂に勇気をもらう。
 しこ名の「翠」は磨けば磨くほど光る翡翠[ひすい]から。宝石の中で最も割れにくいとされる。漢和辞典には「からだの小さくしまった小鳥」とも。山下白雨のよう、頂上近くの違う景色へと、上昇気流を逃さないで。

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