社説(11月6日)文科省の選書要請 知る自由、損ないかねぬ

 文部科学省が公立図書館や学校図書館で北朝鮮の拉致問題に関する蔵書を充実させるよう、各都道府県の教育委員会などに協力を要請する文書を送った。
 これに対し、資料の収集や提供は外部の介入や圧力を受けず主体的に取り組むという図書館の理念を脅かすなどとの批判が関係団体から相次ぎ、静岡県内の図書館関係者からも疑問視する声が上がっている。
 言うまでもなく、拉致問題は国民の生命と安全に関わり、解決への取り組みは極めて重要だ。事件を風化させないためにも社会が関心を持ち続け、国民全体で情報を共有することは欠かせない。関連の蔵書を図書館が充実させること自体になんら異論はない。
 問題は、文科省が特定分野の図書を指定して充実を求めたことだ。国民の「知る自由」を支える図書館の役割を損ないかねない異例の要請であり、認め難い。
 文書は事務連絡として8月30日付で出された。北朝鮮人権侵害問題啓発週間(12月10~16日)に向け、拉致問題に関する図書の充実やテーマ展示などにより、手に取りやすい環境を整備するよう協力を求めている。若い世代の理解促進を重視する内閣官房拉致問題対策本部からの依頼を受けた対応と明記する。
 日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」は、権力の介入や社会的圧力に左右されることなく、自らの責任で収集した資料を国民に提供することが任務とうたう。戦前や戦中に図書館が「思想善導」の機関として国民を教化、統制する役割を担ったことへの反省に立つ、重たい宣言だ。1954年に制定された。
 同協会は、今回のような要請は過去に例がなく、「学校や図書館への指示や命令と受け取られることにもなる」とし、是認できないとの見解を表明した。「現場にとって圧力となるのは明らか」(日本出版者協議会)、「国民の思想を縛るきわめて危険なこと」(全日本教職員組合)などと、取り消しや撤回を求める動きが出るのもうなずける。
 文科省の担当者は「事務連絡に法的拘束力はなく、選書はあくまでも各図書館がそれぞれの基準で判断すること。宣言を逸脱する趣旨ではない」とする。撤回しないのなら、現場の業務に混乱が生じないよう、同省には真意を丁寧に説明するなど適切な対処を求めたい。
 図書館は多様な考え方や議論を支える「民主主義のとりで」と言える。今回の“介入”はその役割をないがしろにしかねないと、改めて胸に刻みたい。

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