静岡新聞社 熱海土石流取材班座談会【残土の闇 警告・伊豆山】

 災害関連死を含め27人が犠牲になった熱海市伊豆山の大規模土石流は、盛り土の崩落が被害を拡大させたとされる。防げたはずの人災はなぜ起きたのか、行政の対応はどこに問題があったのか、再発防止には何が必要か―。長期連載「残土の闇 警告・伊豆山」の取材に当たった記者たちが、連載を振り返りながら思いを語った。

雨の中、犠牲者の冥福を祈って黙とうする遺族ら=4月3日午前、熱海市伊豆山
雨の中、犠牲者の冥福を祈って黙とうする遺族ら=4月3日午前、熱海市伊豆山
住宅地を飲み込む土石流。瞬間を捉えた動画がSNSで拡散し衝撃を与えた=2021年7月3日、熱海市伊豆山
住宅地を飲み込む土石流。瞬間を捉えた動画がSNSで拡散し衝撃を与えた=2021年7月3日、熱海市伊豆山
発生から2週間が経過した現場。重機が入り行方不明者の捜索が続けられた=2021年7月16日、熱海市伊豆山(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)
発生から2週間が経過した現場。重機が入り行方不明者の捜索が続けられた=2021年7月16日、熱海市伊豆山(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)
雨の中、犠牲者の冥福を祈って黙とうする遺族ら=4月3日午前、熱海市伊豆山
住宅地を飲み込む土石流。瞬間を捉えた動画がSNSで拡散し衝撃を与えた=2021年7月3日、熱海市伊豆山
発生から2週間が経過した現場。重機が入り行方不明者の捜索が続けられた=2021年7月16日、熱海市伊豆山(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)


序章・1章
 地域のアイデンティティー喪失
 停止命令の経験 継いでいれば

 A)伊豆山は、1300年前に発見されたとされる日本三大古泉の一つ「走り湯」があり、熱海の中でも特に歴史を有する原点のような場所。平安時代から山岳修験の場として信仰も集めた。そんな由緒ある地域で土石流は発生した。
 B)遺族や被災者を取材すると、親族や友人を亡くした悲しみだけでなく、地域に対するアイデンティティーの喪失を感じた。住民にとっての伊豆山はどんな場所なのか、そこから掘り下げて書かなければと思った。
 C)ある遺族は取材に「災害を風化させないでほしい」と話したが、悲劇を繰り返さないでという思いだけでなく、こういう人が伊豆山で生きていたということを忘れないでほしいとの願いも込められていた。
 B)伊豆山の土地開発の問題は半世紀前から始まっていた。
 C)熱海は、東海道新幹線の開通前夜の1960年代前半に一気に開発が加速した。伊豆山など中山間地でも森林が切り開かれ、大手企業の保養所などが競うように建てられた。
 B)盛り土の旧所有者はそういう流れの中で2006年、リゾート開発を夢見て一帯の広大な土地を購入した。本人が取材に「名称は『ラグーナスパリゾート』と決まっていた」と話したことが印象深い。
 D)自分は10年ほど前に熱海支局に勤務していたが、土石流が発生するまで盛り土の存在すら知らなかった。それが恥ずかしく、取材の原動力になっている。旧所有者がずさんな工事を繰り返す数年前、旧所有者の関連会社が近くの土地で宅地造成を無許可で行い、県が工事停止命令を出した。こうした行政の動きが生かされていれば、盛り土の造成も阻止できたのではないか。


2章
 ずさんな防災工事でも措置命令見送り
 森林法適用せず疑問残る

 E)県と熱海市が公開した当時の行政対応の公文書を見ると、県も市も相当、業者に手を焼いていた。
 F)当時を知る複数の県職員に取材を試みたが、ことごとく断られた。職員の証言をもう少し集めたかった。十分にアプローチできなかったのが反省点。
 B)それは市役所も同じ。責任追及が同時進行している中で、言えないことがたくさんあったのだろう。
 C)公文書で、市が措置命令を見送った経緯が明らかになったのは大きい。
 F)防災対策工事が一定程度進んだことを理由としたが、根拠に乏しいと感じた。施工された箇所の写真を見たが、応急措置とはいえ、丸太を積んだり、重機で穴を掘ったりしただけ。素人目にも安全が確保されたとは思えなかった。そもそも申請を大幅に超える分量の土砂が入れられていたのに、それを是正する動きは見られなかった。なぜ命令を見送ったのか不思議でならない。
 E)その点については、県の行政対応検証委員会の指摘が興味深い。行政機関には指導文化が根付いていて、命令できる根拠があってもちゅうちょする、と。
 F)一帯で行われた開発行為に対し、県が規制力が強い森林法を適用しなかったのも疑問が残る。
 E)同感。旧所有者はリゾート開発を構想し、盛り土の北側では関連会社が宅地開発を進めた。同法の適用対象となる1ヘクタールを優に超える。県は開発業者が別であることなどを理由に適用を否定するが、明らかに強い関連性がある。同法を適用しなかった背景をもっと深掘りしなければならない。
 D)旧所有者は、購入した土地に以前からあった水道施設の撤去を求めるなど市に揺さぶりをかけていた。開発を有利に進めるためとみられた。行政に対し、同和団体の名刺も出していた。本人は同和問題の悪用を否定しているが、行政手続きに影響したのではないか。
 B)市も同和団体の圧力を否定している。ただ、旧所有者にとって、リゾート開発に水道施設は不可欠。本気で撤去を求めたとは考えにくい。開発を有利に進めるために水道施設や同和団体の名前を利用したのではないだろうか。
 C)開発を止められる場面はいくらでもあった。行政の弱腰な姿勢が業者に付け入る隙を与えた。
 G)熱海の土石流以前に、県内で市町の土砂条例違反による摘発は、富士市と小山町の2件のみ。熱海市議会百条委員会や県の検証では指摘されていないが、市町が違反業者の脅しや違法行為について司法当局に相談する体制や、捜査機関が機能していたかは疑問だ。


3章
 「もらい事故」のような捉え方
 現、旧所有者 遺族に謝っていない

 B)土地の所有者が2011年に変わって状況があいまいになった。行政も、現所有者と旧所有者のどちらに対策を求めればいいか、戸惑った。措置命令を見送ったのも所有者が変わってからだ。
 E)現、旧所有者はどんな人物か。
 B)旧所有者は時に優しくしゃべり、時に行政やマスコミの批判で話があちこちにいく。「自分はちゃんと行政手続きを取った。悪いのは行政」という主張を繰り返した。
 D)旧所有者は遺族に対してどう思っているのか、何度も心境を聞いたが、満足できる回答はなかった。
 B)表面上はお悔やみ申し上げますと言うが、自分がやってきたことに対してはほとんど何も言わなかった。
 D)旧所有者が手掛けた神奈川県内の現場に何度も行った。旧所有者の悪質さは多くの関係者が語った。ただ利害関係が複雑に絡み、関係者間でも食い違う証言があったため、何を信用していいのか、分からなくなる時があった。
 A)現所有者も行政側と異なる主張をしている。本人は土石流の発生当日に避難指示を出さなかった熱海市長が一番悪いと言っていた。本人は土地取得後現場に行ったことがなかったとも発言し、もらい事故みたいな捉え方をしている。市議会の百条委に証人として出席した際「お悔やみ」を口にしたが、取材の時にはまったくそういうのはなかった。
 B)現所有者が伊豆山で何をしたかったのかよく分からない。具現化したものは寺ぐらい。
 A)現所有者は住職の顔もあり、寺にはこまめに足を運んでいた。
 B)現、旧所有者は遺族や被災者らに一言も謝っていない。住民のやりきれなさは1年たっても変わらない。


4章
 避難呼びかけ早ければ救えた命も
 全体を統率する市職員が不在

 B)ほとんどの住民は、土石流が発生するまで盛り土の存在を知らなかった。
 C)県と市は盛り土造成の経緯については検証したが、発生当日の検証は不十分だと思う。自分はこの章の取材で、東日本大震災で甚大な被害が出た宮城県石巻市の大川小の検証作業のように、住民の証言を集めリアルに再現し、誰がどこで何を見て、どんな音を聞いたのかとかを浮かび上がらせることを意識した。
 B)土石流が住宅地をのみ込む衝撃的な映像がSNSで流れた。あれで集落が一気にのみ込まれたと思っている人が多いと感じるが、実際は最初の土石流発生から25分ぐらい経過していた。市が少しでも早く避難を呼びかけていれば、助かった命があったと思う。
 C)住民の証言から市の同報無線が聞き取りづらかったことが分かった。何のための無線か。
 B)同報無線の声から危機感は伝わってこなかった。土石流が発生した現場として造園事業所名を言っていたが、それがどこなのか、分かっていない市職員もいた。市は避難指示を出していなかった。出していれば助かったかというと別問題だが、危機感は伝わったのではないか。
 E)県内には防災情報が確実に伝わるよう家庭用の防災ラジオを配布している自治体もある。
 B)熱海市にはメールで防災情報を通知するサービスはあるが、高齢者が多いこのまちで浸透しているとは言えない。
 C)市は災害を受けて対策本部を設置したが、警察署長の席がないとか、議事録を残していないとかパニック状態だった。
 B)発生直後は毎日のように記者会見を開いたが、幹部の間でも情報共有ができていなかった。何を聞いてもすっと回答が返ってこなかった。プレーヤーとマネジャーが一体化してしまい、状況把握や方針決定に遅れが出た。全体を統率する人が不在だったと感じる。


5章
 土砂の発生元が責任を負う仕組み必要
 問われる「砂防法」の運用

 H)崩落した現場は盛り土の造成地というより、県外から持ち込まれた残土の捨て場だった。1980年代から残土問題が浮上した千葉県や神奈川県を取材して感じたのは、問題が起きて規制条例ができると「自分たちは大丈夫」と住民の関心は薄れ、規制が緩い次の地域に残土が運ばれて、問題が起きるまで住民が知らないという状況が繰り返されてきたこと。そして熱海の土石流が起きた。
 E)大阪府豊能町では2014年に違法に盛った建設残土が崩れた。府は規制条例を作り、全国の都道府県に呼びかけて土砂問題を考えるネットワーク会議を発足させた。静岡県は加盟せず、土砂条例は緩いままだった。
 G)1997年に県内で初めて許可制と罰則を設けた土砂条例を制定した小山町の元職員の話では、行政が強く出られないのは、残土ビジネスの背景に反社会勢力の影があるからだという。実際、富士市で摘発された業者の代表は元暴力団員と明言し、「知人」から事業経営を学んだことを裁判で明らかにした。残土ビジネスは背景に深い闇がある。この元職員は、地域住民の命や財産を守るんだという行政職員の熱意の大切さを訴えた。
 H)熱海の土石流発生の1週間前、県と市町の担当者会議があり、市町側から県の土砂条例の改正を求める声が上がった。
 G)出席した市町職員が憤っていたのを覚えている。県側は規制(条例)の強弱の問題ではなく、地域特性だと言い切ったという。県が県東部広域にわたる問題を地域の特殊事情と軽視し、規制強化を拒んでいた実態がよく分かる。
 B)盛り土規制法ができ、県の土砂条例も厳しくなった。ただ土砂の受け入れ先を規制するだけでは不十分。発生元が責任を負う仕組みにしないといつまでたっても残土問題は解決しない。
 H)核心部分だと思う。都市部の開発で出た残土が地方に捨てられている。残土を出す側がコストをしっかり払う仕組みが重要だ。
 I)国会議事録をさかのぼっていくと、建設残土を巡る問題は昭和の時代から取り上げられている。千葉や大阪でも被害が発生し土砂を規制する法整備を求める声も上がっていた。にもかかわらず、これほどの被害、犠牲が出るまで政府も国会も全国一律の規制、対策に積極的に動いてこなかった。不作為のそしりは免れない。
 B)これからも工事をすれば残土は発生する。
 H)JR東海のリニア中央新幹線工事は、ほとんどトンネルだから大量の残土が出る。処分のあり方だけでなく、有害物質が検出された場合の対処など現行の法律で大丈夫かという問題はある。
 I)悪質な造成行為への監督処分は、行政が一番ちゅうちょしたり、踏み込めなかったりする部分だと思う。国土交通大臣や国の役人は、新しい規制法に基づいて自治体が適切に実行できるよう支援すると国会答弁で繰り返した。本気度が問われている。「熱海のような悲劇を二度と繰り返さない」という誓いの言葉が守られるのか、国民は厳しい目で見ている。
 H)砂防ダム上流域の規制が放置され、ダムの容量を上回る大量の残土搬入を許した問題も明らかになってきた。今回の土石流災害は一義的には砂防法の問題と言えるのではないか。一方で国や県は「砂防法の対象は自然現象で、人工物の盛り土は関係ない」と人ごとのような対応だ。自然現象と人工的な開発行為が絡んで初めて災害が起きるという災害の本質を砂防部門の担当者が理解していないとしたら由々しき事態ではないか。「砂防」は文字通り「土砂災害を防ぐ」のが使命で、対象は自然物だろうが人工の盛り土だろうが関係ないはずだ。


6章
 被災者に心理的隔たり
 市は批判されても住民に歩み寄る覚悟を

 B)発生から72時間以内に安否不明者の名前を公表するなど新しい動きはあったが、熱海市は発生直後、住民の生の声というか、何に困っているのかを拾う行動がなかなかできなかった。今の被災者の感情の中に残っていて、境遇が異なる人々の心理的な隔たり、分断にもつながっている。
 E)市の意思決定や情報発信の遅さも住民の不満の一因になっている。
 B)それはずっと感じてきた。例えば仮設住宅の入居に関する説明会も、取材すると日時を教えてくれるのだが、住民にはまだ伝わっていないとか。住民の反応を気にして市が情報を出すのに慎重になりすぎていて、それが逆に住民をいら立たせている。7月3日の追悼式も報道陣は知っていたが被災者に案内を出したのは最近になってから。身内の法事でさえ、1カ月前には決まっていると思うが…。
 C)これから復興やまちづくりを考えていかないといけないが、市は進め方に迷っているように感じる。
 B)市側が歩み寄るしかない。住民は最初は行政に不満をぶつけるかもしれないが、今のままではいけないとも思っている。市は、批判を受けても地域再生のために前に進むんだという覚悟を持って住民に向き合ってほしい。


 

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