心の復興目指して 人々の思い、点から線へ【残土の闇 警告・伊豆山㉞/第6章 逢初川と共に⑤完】

 梅雨の晴れ間がのぞいた6月中旬、熱海市立伊豆山小の教室で山本直子養護教諭は児童に問いかけた。「みんなの心は今、何色ですか」。ピンク、ブルー、半分半分。思い思いの答えが飛び交う中、こう続けた。「7月が近づき、暗い気持ちになる人もいると思う」。和やかだった教室は一瞬、静まり返った。

テンカラ新聞の発行に向けて打ち合わせをする高橋一美さん(中央)ら=23日、熱海市伊豆山のあいぞめ珈琲店
テンカラ新聞の発行に向けて打ち合わせをする高橋一美さん(中央)ら=23日、熱海市伊豆山のあいぞめ珈琲店

 土石流の現場が近い同校で行われた山本教諭とスクールカウンセラーによる「心の授業」の一こま。つらい出来事から節目を迎える時期に感情が揺れる「アニバーサリー反応」を説明し、「怖い、不安と思うことは自然な感情。その気持ちは一人で抱え込まなくていいんだよ」と、優しく呼びかけた。
 グループに分かれて素直な気持ちを伝え合う児童を見守った国原尋美校長は「つらい気持ちを乗り越える力を身に付けて、自信を持ってほしい」と願った。
 あの忌まわしい土石流は、物心両面で地域に深い傷を負わせた。家族を亡くした人、財産を失った人、直接被災していなくても地域の「分断」に悩む人。さまざまな痛みが交錯し、復旧復興に対する思いにも温度差が生じている。
 みなし仮設住宅で暮らす小磯洋子さん(72)は、近所に住んでいた長女、西澤友紀さん=当時(44)=の死を今も受け止められずにいる。「復興のことなんてまだ考えられない。ただ、これからの伊豆山は若い人たちが引っ張っていってほしい」。そこに娘が参加している姿を思い浮かべながら、声を震わせた。
 高齢化率58%の伊豆山には、買い物や身近な情報を得るのが困難な人が多い。そんな住民を発災の直後から支えてきた高橋一美さん(45)は、友紀さんの同級生。当初は個人的に動いていたが、共に汗を流す仲間が増え、昨年10月に任意団体「テンカラセン」を設立しチームで活動している。
 「放っておいてほしい」。遺族や被災者からそう言われることもあった。でも、やめなかった。「いつ自分を必要とされるか分からないから。みんな何かの答えを求めているわけではない。話を聞いてほしいだけなんだ」
 人に寄り添う姿勢は行政はもちろん、地元住民にも必要だと強調する。「毎日人助けをしなくてもいい。雨が降ってきたら、隣近所に声を掛けるだけでもいい。今までやってこなかったことが一つでもできるようになるだけで、地域は変わるはず」と信じる。
 高橋さんらが4月に開店したコミュニティーカフェ「あいぞめ珈琲店」は、住民、被災者、さらに伊豆山にゆかりのない人ともつながれる場所だ。心のよりどころを求めて毎日のように通う遺族もいるという。
 そして、7月3日に新たな取り組みを始める。伊豆山で前を向いて活動している人や団体を紹介する「テンカラ新聞」を新聞折り込みで市内全域に届ける。年4回ほど発行する予定だ。市外のみなし仮設などで暮らす被災者にも、市を通じて郵送する。「団体の垣根を越えられるのが僕らの強み。情報を通じて、バラバラになった地域につながりを持たせたい」。できることを、できるだけ、できる限り-。高橋さんの思いは発生から1年がたとうとしている今も変わらない。
 >無責任体質に被災者憤り 熱海土石流1年 関係者核心語らず【残土の闇 警告・伊豆山㉟/終章 めぐる7・3㊤ 】

いい茶0
あなたの静岡新聞 アプリ
地域再生大賞