突然迫る 生と死の「境」 下流域へ新たな大波【残土の闇 警告・伊豆山㉒/第4章 運命の7・3④】

 熱海市伊豆山の逢初川上流域で大惨事が起きていたころ、数百メートル下流の多くの住民は、まだその事実を知らなかった。SNSで映像が拡散され、社会に衝撃を与えた午前10時55分の大波は、そのまま一気に海まで流れ下ったわけではなく、狭い谷筋にひしめき合う住宅にいったんせき止められていた。そこに後続の土砂やがれきが堆積し、新たな大波となってさらに下流域の住宅地に襲いかかろうとしていた。

土石流に流された自宅の跡を指さす志村信彦さん。土砂は撤去されたものの災害の爪痕は深く残る=24日、熱海市伊豆山
土石流に流された自宅の跡を指さす志村信彦さん。土砂は撤去されたものの災害の爪痕は深く残る=24日、熱海市伊豆山

 午前11時15分ごろ。ガラガラ-。市道伊豆山神社線から約200メートル下った場所に住んでいた小磯尚子さん=当時(61)=は妙な物音に気づいた。兄の智さん(66)=仮名=と共に2階の窓から外の様子をうかがった。野球ボール大の石がいくつも斜面を転がり落ち、その後ろから大量の土砂が押し寄せてきた。
 「大変だ!」。事態をようやくのみ込んだ兄妹。智さんは2階にとどまり、尚子さんは部屋を飛び出して1階へ駆け下りた。その直後、上流から土砂とともに押し流されてきた家が自宅に突っ込み、天井が大きく傾いた。
 「気が付いた時はがれきの中だった」。智さんは血だらけになりながら、隙間から見えるわずかな光を頼りに必死に脱出した。「尚子、返事しろ!」。つぶされた自宅に向かって何度も叫んだが、返事がない。その間にも土砂が次々に襲いかかり、命の危険が迫っていた。智さんははだしで裏山を登って逃げるしかなかった。
 尚子さんは同日午後2時ごろ、自宅から約500メートル下流の伊豆山港で遺体で見つかった。検案書に記された死亡時刻は午前11時15分。肺や口には泥水が入っておらず、即死だったという。
 小磯さん宅が流されたのとほぼ同時刻-。向かいの家からも助けを求める声が上がっていた。前日から続く雨に不安を感じていた志村信彦さん(41)の家。当時、志村さんは市から避難指示が出ないことに疑問を感じながら、長男(8)を水泳教室に送った足で病院に寄っていた。自宅には妻(40)と幼い長女(5)がいた。
 「向かいの家が流された。うちも家ごと流されている気がする」。午前11時20分、妻からの電話に耳を疑った。妻娘は泥に埋まった居間から、2階に避難していた。だが、間もなく連絡は途絶えた。最悪の事態が頭をよぎる。家族を助けに行きたいが、自宅に近づけない。震えが止まらない中、志村さんはすがる思いで消防に助けを求めることしかできなかった。
 その頃、妻と娘は近所の住民がかけてくれたはしごから何とか脱出していた。約1時間後、志村さんは避難所に身を寄せていた2人の無事を確認できた。「ママの大事にしてたもの、流れて行っちゃったね」-。自宅が跡形もなく流されていく様を目の当たりにした長女の言葉が、志村さんの胸を締め付けた。
 「娘は今も雨が降ると怖がっている。父親として、あんな危険な目に遭わせた自分が腹立たしい」。心のどこかで、市から避難指示が出るのを待ってしまった後悔もある。「逃げ損でもいい。危険だと思ったらすぐに避難という意識が、自分にも市にも欠けていた」。唇をかみながら、更地になった自宅跡を見つめた。
 >助かったはずの命 迷いと混乱の果てに…【残土の闇 警告・伊豆山㉓/第4章 運命の7・3⑤完】

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