防災工事、未完のまま 所有権移転で監視緩む【残土の闇 警告・伊豆山⑭/第3章 放置された10年①】

 熱海市伊豆山の大規模土石流の起点となった盛り土と周辺の開発に関する公文書は4千ページを超える。大半は盛り土造成計画を届け出た神奈川県小田原市の不動産管理会社と行政のやりとりで、法令違反を繰り返す同社に苦悩する行政の姿が浮かび上がる。だが、その記録はある時から減り、やがて途絶えることになる。

現旧所有者の間で交わされた土地売買契約書。盛り土の工事は完了しないまま所有権が移転し、防災工事は宙に浮いた
現旧所有者の間で交わされた土地売買契約書。盛り土の工事は完了しないまま所有権が移転し、防災工事は宙に浮いた

 転機は2011年2月。リーマン・ショックで経営が悪化していた同社は既に清算していた。高級分譲地の開発を夢みた約35万坪(1・2平方キロメートル)の土地は、建設業や不動産業などを手掛ける企業グループの元会長の男性(85)に売り渡されていた。
 土地売買契約書によると、売却額は3億円。契約には「県土採取等規制条例の届出について、甲(売り主)は引渡までに指摘事項を完成させ完了届出書を提出する」「ヒナ段崩壊部分を整形し硬化剤にて固めることを引渡しまでに売主は買主に対し確約する」と記されていた。盛り土のもろさを双方が認識していたとも読み取れる内容。現所有者側は「重要事項説明書に『盛り土』という言葉はなく、危険とは知らなかった」と主張する。結局、工事が未完のまま土地は引き渡された。
 熱海市は11年6月、前所有者に防災工事を命じる「措置命令」を発出する方針を固めたが、5カ月後に見送っている。前所有者側がのり面整形や水路拡張などを行い、「一定の安定性が確保された」(斉藤栄市長)と判断したからだ。
 だが、防災工事を実施したという男性はこう証言する。「現所有者に水路整備を頼まれて完遂したが、代金が支払われなかった。他の工事は行っていない」。関係者によると、現所有者はその後、関連企業の従業員に工事を指示したが、現場のぬかるみがひどくて重機が入れられず、最終的に中止したという。
 防災工事が宙に浮く中、盛り土は浸食が進み、小規模な崩落を起こしていた。現所有者側は13年1月、「善意をもって」工事を行う意向を県に示した。行政側が安堵(あんど)したのか、公文書はこの頃から激減する。あっても周辺の廃棄物パトロールの報告で「特に変化なし」との記述ばかり。うずたかく積まれた盛り土は相変わらずだったが、撤去を行政が求めた形跡はない。防災工事の一部を行ったという男性は崩落の危険性を県に訴えたが、「相手にされず、何も動いてくれなかった」と打ち明ける。
 県と市の行政対応を検証する第三者委員会は、11年2月以降、職員の人事異動時の引き継ぎが不十分で、「現場を注視する姿勢が急激に薄れていった」と指摘する。一方、市議会調査特別委員会(百条委員会)に参考人招致された斉藤市長は、措置命令見送り後の自身の認識をこう説明した。「職員から特に報告がなく、盛り土は安定していると思っていた」。悲劇が起きるまで、自ら現地を確認することもなかった。
      ◇
 熱海市伊豆山の逢初(あいぞめ)川源頭部の盛り土を含む土地の所有者が変わった11年を境に、残土搬入はいったん沈静化した。しかし不安定な盛り土は放置され、周辺で新たな開発行為が始まることになる。土石流発生までの10年間、果たして行政の監視の目は機能していたのか。実態を探る。
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