“山林王”の利用策 市に無償貸与実現せず【残土の闇 警告・伊豆山⑮/第3章 放置された10年②】

 熱海市伊豆山の盛り土崩落現場を含む土地の所有権は2011年2月、売買契約により、造成した神奈川県小田原市の不動産管理会社から事業家の男性(85)に移行した。男性は一帯で50万坪以上所有しているとささやかれる。

奥から時計回りに盛り土の崩落箇所、「第二の盛り土」、太陽光発電施設。森林を伐採して造成した土地には残土も見える=2021年7月、熱海市伊豆山(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)
奥から時計回りに盛り土の崩落箇所、「第二の盛り土」、太陽光発電施設。森林を伐採して造成した土地には残土も見える=2021年7月、熱海市伊豆山(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)

 山林王―。現所有者と同社を仲介した不動産業者は熱海市議会の調査特別委員会(百条委員会)で、現所有者が周囲からそう称されていたと言及した。代理人の河合弘之弁護士は取材に「彼にとって良い土地とは広くて木が生えている場所」と解説。本当かどうかは分からないとしつつ、現所有者が国内有数の大手不動産会社の名前を出して同社以上に「土地を持っている」と話していたと補足した。
 「きれいな公園を整備して熱海市に譲渡したい、寺も建てたい、と言っていた」。親類と合わせて周辺の一山を現所有者に売却した男性(70)は購入目的の説明をよく覚えている。生家が今なおあり、子ども時代に遊び場そのものだった古里の山。「いつか生家に戻るかもしれない」と長年手放す気はなかったが、親類の勧めに乗った。それまで価値を見いだしてくれるとは考えてもいなかった。「あそこの山を他人が買ってくれるんだ」。素直にそう思った。
 現所有者は、利用策としてグラウンド整備をたびたび挙げた。元市職員は「400メートルトラックのある競技場にしたいと言って、(市役所に)計画図面を持ってきた」と回想する。実際、11年の市の記録には、所有者側から「グラウンドやテニスコートを計画しており、市の公用地として利用してもらえれば」との意向が示されたとある。所有者が県に提出した13年の文書ではさらに具体化し、津波発生時に利用できるヘリポートの設置▽大規模グラウンドを整備し運動公園として市に無償貸与▽眺望が良く、一部を宅地に造成―と書かれていた。
 一方、別の文書(12年)には、前所有者が放置した廃棄物を巡り、お役所的にただ撤去を求めるだけの行政に現所有者が抱いた“いら立ち”が垣間見える記載が残る。「しゃくし定規のことしか言えないのなら早く行政が撤去させればいい」「行政が協力しないなら伊豆山の土地は塩漬けにし、他の土地に資本を掛ける」―。そもそも、元市職員は無償貸与をうたったグラウンドを「本気で計画しているようには見えなかった」と明かし、両者はすれ違った。
 結局、現所有者側が整備したのは自身が住職を務める寺院と太陽光発電施設だけ。関係者によると、グラウンドを整備すると思われた場所には残土が置きっ放しという。太陽光発電施設の近くには土砂を投棄した「第二の盛り土」があり、県から早急に撤去する必要性を指摘されている。
 土地を売却した男性は今、土石流災害を人ごとではないと感じている。「山で育ち、山はアイデンティティー。崩れたこと自体ショックだったが、一連の経緯を知ったことで複雑な気持ちになった」
 >現所有者、住職の顔 信心期待も対策進まず【残土の闇 警告・伊豆山⑯/第3章 放置された10年③】

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