学生の胃袋満たした定食店「曙」おしゃれなフレンチに 親から子へ 受け継がれる地域との絆【記者さんぽ|個店めぐり】

 静岡市清水区の住宅街の一角。この地で長く営業し、平成の終わりとともにのれんを下ろした人気定食店「曙」の跡地がいま、おしゃれで清潔感の漂うカジュアルフレンチレストランに様変わりし、注目を集めています。お店の名前は「AKEBONO.La Table(アケボノ・ラ・ターブル)」。定食店を営んでいた夫婦の長男で、フランス料理シェフの海野宏幸さん(49)が「あけぼの」の名前を継ぎました。首都圏の店で料理長として勤めていましたが、両親と同じ場所で、両親と同じように地域に溶け込みながら料理をふるまう道を選択しました。

(右上から時計回りに)海野宏幸さん、ふさ子さん、豊さん、純也さん。親子3代で店を切り盛りする=静岡市清水区のアケボノ・ラ・ターブル
(右上から時計回りに)海野宏幸さん、ふさ子さん、豊さん、純也さん。親子3代で店を切り盛りする=静岡市清水区のアケボノ・ラ・ターブル

地産地消にこだわり


 静岡鉄道御門台駅から徒歩約10分。白色を基調にした外観が目を引きます。店内はテーブルとカウンターが20席ほど。落ち着いた白い壁と木製の調度品がアットホームな雰囲気を演出します。
 オープンは2020年11月。首都圏で約30年、フレンチチェフとして腕を振るってきた海野さんが、本格的な味を気軽に楽しんでもらうことをコンセプトにメニューを用意しました。
 ランチ、ディナーともコースメニューが中心。ランチは1800円からで、メイン料理に前菜、自家製フォカッチャ、ドリンクが付きます。ディナーは3900円から。6800円で、メインに魚料理と肉料理の両方が出る本格的なフルコースを楽しむことができます。子ども連れも大歓迎ということです。
photo01 アケボノ・ラ・ターブルの外観。おしゃれな建物に生まれ変わった   photo01 店内は白色と木材を基調にした落ち着いた雰囲気
 海野さんがこだわっているのは地産地消です。使用する野菜の多くは、静岡市の農家から無農薬や減農薬のものを直接買い付けています。海野さんが畑まで出向き、その場で味を確かめることも多いといいます。取材した日は、草薙の畑で取れたばかりというコカブやプチベール、芽キャベツがトレーに並んでいました。海野さんは「地元の新鮮な野菜を使う方がおいしい料理になるというのは理にかなった考え方。香りも全然違う。生産者の顔が見えた方が料理人もお客さんも安心する」と、こだわりの理由を話します。
 魚料理も、清水港に水揚げされた駿河湾近海ものを使用することが多いといいます。
 旬の果物を使ったタルトは特に人気で、売り切れることも多いとのこと。今の季節は地元清水区産のイチゴを使ったタルトを提供しています。
photo01 静岡市の農家から直接買い付けている野菜や果物   photo01 地元の野菜を使った前菜「サワラのマリネ。根菜、柑橘のサラダ、自家製カラスミ添え」   photo01 人気の高いイチゴのタルト

学生のすきっ腹を満たした「曙」


 海野さんの両親、豊さん(79)とふさ子さん(73)が営んでいた「曙」は1981年にオープンしました。売りは、ボリューム満点なのに、学生にも優しい値段設定の「高コスパ定食」。周辺には県立大生が下宿しているアパートも多く、学生たちの胃袋を満たしてきました。
 約20種類ある定食はすべてご飯のおかわり無料。研究室で遅くまで実験をしていた薬学部生や、部活終わりの運動部員が空腹を満たしました。
photo01 1981年の開店当初の曙(海野豊さん提供)
photo01 定食店「曙」の看板メニューだったC定食(海野豊さん提供)
 学生に最も人気があったメニューは800円のC定食です。メインのおかずは、大きめの鶏のから揚げ7個に、串カツ、焼き魚、魚フライのいずれかを選ぶことができました。平日昼間の日替わりランチは500円で、オープンから閉店までずっと値段を据え置きました。
 しかし、人気店も寄る年波には勝てず。夫婦が「曙」を始める前、JR清水駅近くに初めて洋食店を開いてからちょうど50年となる、平成最後の2019年4月末に店を閉めることにしました。4月に閉店を公表すると、うわさを聞き付けた元常連客が県内外から駆けつけ、最終日は店に入りきらないほどのにぎわいになりました。地域に愛された曙は惜しまれつつ、歴史に幕を下ろしました。

両親と同じ場所で


 そんな両親の姿を見て育った海野さん。「繁盛すると、自分の晩飯の時間が遅くなる。普通のサラリーマンの家庭がいいと思うこともあった」と笑いますが、「子どものころから、いつか継ぐものだと思っていた」と、自然と料理人の道を歩みました。
photo01 厨房で料理を仕込む海野さん
 高校卒業とともに、神奈川県鎌倉市のフレンチを取り入れた洋食店で5年ほど勤務。ここでフランス料理に魅了されます。結婚式場や個人店など大小の厨房で経験を積んだ後、東京・南青山のフレンチレストランで12年間、料理長を務めました。その後、都内と横浜市にあるフランス料理ベースのステーキ店計4店舗の統括料理長を務めていましたが、頭の片隅にはずっと、地元に戻り、自分のお店を持ちたいという思いがありました。
 その頃、父親の豊さんから店を閉めるつもりだと打ち明けられます。「いいタイミングかもしれない」と、「曙」があった場所で開業する準備を始めました。店名をどうするか悩みましたが、「地域のみんなが知っている。親しんでもらいやすい」と、「あけぼの」の名前を継ぐことにしました。
photo01 両親への思いも込めて「あけぼの」の名前を継いだ海野さん

地域に愛される名店に 親子3代の夢


 コロナ禍の真っ只中とあり、オープンから最初の半年間はなかなか客が来ず、苦労したといいます。そんな時に助けられたのは「曙」の常連だった学生や地域の人たちでした。子どもを連れて来店したり、SNSで店を紹介したり。地元の農家についても教えてもらいました。次第に、海野さんの振る舞う料理が評判を呼び、予約で席が埋まる日が増えていきました。
photo01 厨房に入る海野豊さん(右)、ふさ子さん(左)夫婦
 厨房には海野さんの長男で料理人の純也さん(25)も入り、豊さん、ふさ子さんの両親も手伝います。豊さんは「いつかは継いでもらいたいと思っていたが、こんなに早く店を開いてくれて嬉しい限り。店がしっかりと軌道に乗るまでは私も頑張りたい」と、裏方として息子を支えます。
 海野さんにはこんな目標も。「年に1回でもいいから、当時のメニューを再現した『曙の日』をやりたいと思っている。昔からのお客さんもきっと喜んでくれるはず」。親から子へ。地域に愛される「あけぼの」の物語は令和の時代も続きます。
 〈アケボノ・ラ・ターブル〉静岡市清水区長崎南町7の25。電話054(345)3882。営業時間は、ランチが午前11時半〜午後3時、ディナーが午後5時半〜10時。火曜の夜と水曜定休。テイクアウトも対応。
 ※【記者さんぽ|個店めぐり】は「あなたの静岡新聞」編集部の記者が、県内のがんばる個店、魅力的な個店を訪ねて、店主の思いを伝えます。随時掲載します。気軽に候補店の情報をお寄せください。自薦他薦を問いません。取材先選びの参考にさせていただきます。⇒投稿フォームはこちら

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