【静岡市美術館の「かがくいひろしの世界展」】「だるまさん」シリーズの絵本原画がずらり。注目すべきは第3章

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区の静岡市美術館で1月10日に開幕した「かがくいひろしの世界展」を題材に。

2008年に初版が発行されたかがくいの絵本「だるまさん」シリーズは、累計発行部数1000万部を超えたという。日本の絵本としては、21世紀を代表する作品と言えるだろう。

このシリーズが世に出た当時、母親あるいは父親に「だ る ま さ ん が」と読み聞かせしてもらった世代はおそらく成人している頃合いだ。作者は2009年に急死しているが、作品は生き続けている。かつての幼児たち、現在の幼児たちの胸に。そして、読んで聞かせた親たちの胸に。

本展は、単なる絵本作家の原画展ではない。これは、世の中に広く知られるまでに少し時間がかかったアーティストが、芸術とエンターテインメントと教育の三者を葛藤しながら行き来した足跡だ。表現する喜びを決して忘れなかった無垢の魂の軌跡でもある。かがくいの絵本は子どもに向けて作られているが、本展は大人の心をこそつかむだろう。

展示の冒頭から「だるまさん」シリーズの原画がずらりと並ぶ。もともとの構想では、だるまさんにひげがあった。「だ る ま さ ん が」の3拍子が、新しいシリーズが発表されるたびに、拡張されていく。作者死去で未完のままになっている諸作も実に興味深い。ある場面では3拍子を崩す試みもされている。かがくいは「例外」を恐れない人だった。

注目すべき展示は第3章だ。1981年、東京学芸大を卒業したかがくいは千葉県立松戸つくし養護学校に着任する。養護学校義務化のわずか2年後。かがくいは以後28年間、教員であり続ける。このコーナーでは、工夫を凝らした教材や、児童との交流で生まれた立体、平面作品が集まっている。

重度障害児とのコラボレーションの成果はぜひ、美術館で目にしてほしい。教育と芸術とエンターテインメントを一体化したような作品に出合える。

驚愕したのは重度の脳性まひがあり、通学がままならない松本拓万さんとの創作だ。「雲野さん一家はどこへ行く?」と名付けられた共作絵本がある。拓万さんが筆を握る。色画用紙を構えたかがくいがその筆致を受け止める。色とりどりの紙を次々に差し出す。拓万さんの描いた「絵」が10数枚残る。

かがくいはここにせりふを付けて、ストーリーを紡ぎ出してしまう。雲の一家が地球のあちこちを旅してまわる。時間はどんどん経過して日が昇り、夜になる。一見すると何の意味も持たない「筆の跡」に、「人格」が生まれていた。

何という試みだろう。どうしてこんなことを思いつくのだろう。教育者として松本宅を訪問していたはずのかがくいだが、おそらくは「拓万さんに喜んでもらいたい」というエンターテインメントの感覚が第一だったのではないか。そして、無意識が生んだ痕跡を物語にまとめ上げた。芸術家の仕事そのものだ。

絵本原画は楽しい。静岡県がらみで言えば、特種東海製紙が主催する「第13回紙わざ大賞」準大賞作の立体「浄化装置」にも感心させられる。だが、最も心を打ち、最もかがくいのすごみがあふれているのは、やはり障害児との関わりから生まれ出た作品だ。絵本は家に持ち帰れるが、こうした資料はは美術館でしか出合えない。

(は)

<DATA>
■静岡市美術館「かがくいひろしの世界展」
住所:静岡市葵区紺屋町17-1葵タワー3階 
開館:午前10時~午後7時
休館日:毎週月曜 、1月13日(火)、2月24日(火)※1月12日(月・祝)、2月23日(月・祝)は開館
観覧料(当日):一般1300円、高校・大学生、70歳以上900円、中学生以下無料
会期:3月22日(日)まで

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

あなたにおすすめの記事

人気記事ランキング

ライターから記事を探す

エリアの記事を探す

stat_1