【第174回直木賞候補作品から(1) 大門剛明さん「神都の証人」】死刑執行後の再審請求。約500ページの487ページ目をめくる手が震える

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。1月14日発表の第174回直木賞の候補作品を紹介する不定期連載。1回目は大門剛明さん「神都の証人」(講談社)。
(文/論説委員・橋爪充、写真/写真部・久保田竜平)

「法廷ミステリーの雄」大門剛明さんが冤罪、再審を描いた重厚な一冊。第16回山田風太郎賞に選ばれた。全498ページだが、487ページの最終行にこんな記述がある。

「だから誰だよ」

ページをめくる手が震えた。

読者としては、残り10ページほどまで読んできているのに全容がつかめていない。次のページに、この90年間に及ぶ物語を解き明かす、決定的な情報が書かれているようだ。核心にある人物はいったい「誰」なのか。見たいような、見たくないような-。このような逡巡が生まれる小説はなかなかない。

こつこつと警察や検察、裁判所が明らかにしたファクトを積み上げていく作品だ。隠された出来事が小出し、小出しで明らかになっていく。そして「だから誰だよ」の直後、最大の真実が引きずり出される。

発端は昭和18(1943)年。三重県宇治山田市内の民家に何者かが侵入し、一家三人が惨殺される。犯人とされた漁師の谷口喜介は無実を訴えるも死刑が確定。逮捕当時8歳の長女波子は無実を信じて面会を続けるが、終戦を挟んだ昭和34(1959)年、喜介の死刑が執行される。冤罪の疑いは晴れていない。

この「谷口事件」に縁のあった人々は喜介の無罪を勝ち取るための法廷闘争を始める。波子も共に歩む。波子の近傍にいた人が、谷口事件に決着を付けたい一心で弁護士や検察官になっていく。時が流れるにつれ、法廷闘争は新しい世代に引き継がれる。新しい証拠や証言はなかなか出てこない。再審開始の厚い壁。数十年の時を超え、喜介の無罪は証明されるのか。


死刑執行後の再審請求という流れは、1992年の飯塚事件がモデルになっているのかもしれない。ただ静岡県民としては、やはり袴田事件を重ねてしまう。

現在の静岡市清水区で1966年6月3日に発生したみそ製造会社の専務一家4人を殺害したなどとして起訴された当時住み込み従業員の袴田巌さんは、1980年に最高裁で死刑確定。だが、袴田さんの姉ひで子さんらの再審請求の結果、2024年9月に無罪判決が出た。

「神都の証人」には、袴田事件でも指摘された再審法の不備についていくつも言及がある。例えば、請求人に有利な証拠の開示を検察官に義務づける条文がない点だ。大門さんは昭和33(1958)年の場面で、弁護士にこう語らせている。

「意味わからんわ。あっちが証拠を全部握っとるのに、新しい証拠をまず出せやって? 飛車角落ち、いや、王さんと歩だけで戦っとるようなもんやないか」

令和8(2026)年も、この点は全く変わりがないことに慄然とする。ページをめくる手の震えは、いったん下した容易に死刑判決を覆そうとしない現代の司法の闇を垣間見たことによるのかもしれない。

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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